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幸か不幸か、ぼくらはシュトラウスさんの依頼した仕事を引き受けることになった。
令嬢リーザの護送である。
他にも人手を募ってみたものの、結局、もろもろの都合がつくのはぼくらだけだったようだ。
令嬢を歩かせるのは流石にマズいので、馬車を用意しようとしたが、そうそう馬車が空いているということはなかった。
だが、どうしようかと悩んだところ、シュトラウスさんの家で雇われている執事が馬車を出してくれることになり、そのお陰でひとつの懸念事項が消えた。
荷造りし、険路を行く装備を整え、また、馬車を始めとした各種の用意、連絡を済ませた、出発の前日の夕べ。
夜に近くなっても、空はまだ明るい。何となれば夏なのだ。涼しい風が吹いていて、気持ちよかった。
ちゃんと旅の準備をしておくよう、ブルーノに言われたぼくは、せっせと宿泊した宿の部屋を片付け、手持ちの荷物、武具、食べ物、飲み物を確認すると、部屋を出た。
行きたいところがあった。
まだ閉店ではないはず……。
そう信じて、またしても記憶の導きに従って、ぼくはあるところへ到着した。
物干し竿にかかる種々の服が、風に揺れている。
外に
すると、誰かが織機を動かしているのが見えた。
じっと見つめていると、やがて彼女がぼくの視線に気付き、はっと驚いた。
「フリッツ」
ミアがぼくの名を呼ぶ。
彼女は仕事を中断し、織機を離れると、外へ出て来、ぼくに「いらっしゃい」、と挨拶した。
「また来ちゃった」、とぼくははにかむ。「でも、今度も服を買いに、っていうわけじゃないんだ」
「いいのよ。別に。お話だけでもわたしは嬉しいわ」
本当に親切な女の子だと、ぼくはしみじみ感じた。
「実はさ」
「うん」
「明日、発つんだ。ここを」
「明日? そう。寂しくなるわね」
ミアは悲しむように眉を下げてそう言う。
「そんな」、とぼくは、彼女のその様子を、気の毒に思って返す。「ぼくらは会ったばっかりじゃないか。お互いにほとんど何も知らないし、寂しがる必要なんてないだろう」
「でも、わたしたち同い年でしょう。友達みたいなものじゃない」
「そう言うなよ。ぼくまで悲しくなるじゃないか」
「仕方ないわよ。あなたは旅人なんだもの。旅をしなくちゃいけないんだもの。だけど、わたしは違う。この服屋で働いて、ここで暮らしている。ここで生まれたし、多分、ここで死ぬんじゃないかしら」
「立派だよ。ミアは。小さいのに、ちゃんと働いて」
「立派なんかじゃないわ。惨めよ。他の子たちは学校に行ったりしてるのに……」
「惨めなんかじゃないよ」
ぼくは、最初は尻込みしたけど、思い切って、勇気を振り絞り、ミアの手を掴んだ。
「自分を卑下するなよ」
「フリッツ……」
じわっと緊張で汗ばんだ手だが、不快に思われてないだろうか、などとしょうもない不安がよぎる。
ぼくはミアと見つめ合ったが、見つめ合うことで、いつか感じた、魂の共鳴のようなものを、再び感じた気がする。昂揚感と高鳴る鼓動が、ぼくの体温を高めていた。
「また来るよ。仕事なんだ。ぼくも、働く。働いて、それで稼いだお金で、ここに服を買いにまた来るよ」
「うん」、とミアはにっこりと満面の笑みを見せた。「わたし、待ってる」
ぼくは彼女の手を離し、そして日は暮れた。
この村での最後の晩、ぼくは宿のベッドの中で、声を押し殺して、いつまでも泣いていた。