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グラルホールドに漂着して間もない頃、オットーは、やはり現地の人たちにとってよそものであり、環境に馴染むまで、容易だったとは決して言えない経過があった。
とはいえ、お互いに敵意を剥き出しにして相手と対峙するといったことはなく、グラルホールドの人々の側も、放浪してきた旅人のオットーの側も、おずおずとして、見ず知らずの相手の取り扱いの仕方に苦慮したという程度のことだった。
不穏さはなく、ぎこちなさがあるばかりで、堅苦しい空気は、だが時間が和らげていくようだった。
結局、人と人とが打ち解けるためには、おのれのことを伝えると同時に、相手のことを知ることが肝要であり、オットーの場合も、自身の境遇を説明し、相手と意思疎通を図ることで、グラルホールドの人々との親しい関係性というのが、徐々に育まれていった。
グラルホールドは、完全に、オットーが過ごしていた世界の文化の埒外だったが、言葉の問題は大きくなかった。
グラルホールドは訪問者の対応のため、首長であるベーラムを主役に据えたが、彼はふたつの言語の話者であり、彼にとって母国語でない方のそのひとつは、オットーの言語と同一であり、会話を行うことが出来た。
ベーラムの話す母国語は、だが、グラルホールドにさえ、話者が限られており、ベーラム曰く、グラルホールドの住民の大半は、オットーのようにたまたま迷い道の果てに辿り着いた放浪者ばかりで、オットーと同じ世界より訪れたのだった。
従って、グラルホールドには、訪問者を民として編入するという前例が数多くあり、オットーが打ち解け始めると、後はスムーズだった。
「不思議な町ですね」、とオットーはベーラムに言った。
ある日の朝食の時だった。城の部屋の食卓には、ベーラムとオットーの他、ベーラムの夫人と息子が付いており、和やかな雰囲気の中、パンとハムと野菜を食べていた。夫人は、40代に見えるベーラムよりやや年下のようで、息子は、まだ10歳にも行っていないだろう。
燭台に火が灯り、室内をほのかに照らしていた。
「色々な境遇の人たちが、一所に共存している」
「歴史があるのだよ」、とベーラムが答える。「この町の草創期は、もっと貧相だったものだ」
ベーラムは回想して、そう、しみじみ述懐した。
「元々、この町はただの廃墟だったのだ。山上に打ち捨てられた、ちっぽけな城と朽ち果てた家屋ばかりのな」
オットーは、町の風景をイメージした。確かに、グラルホールドの町は、さほど繁栄している感じはなく、むしろ、年季の入った建物ばかりがあって、鄙びていたという気がする。
「わたしだって、君と同じだったのさ」、とベーラムがオットーを見つめ、言う。「わたしも、このグラルホールドの訪問者であり、ただ、その時は、わたしたち家族しか、いなかった。応対してくれる者など、ひとりとしていなかった」
「本当に、廃墟だったのですね」
「あぁ」、とベーラムは目線をオットーより外すと、パンを齧って、続ける。「わたしはだが、ここに町を打ち建てることを――否、再建すること、というべきか――希望し、そして、地道に改修と清掃をして、町を作り直した」
ベーラムの夫人が、「懐かしいわね」、としんみり言った。髪の短い寝癖の付いた息子は、お椀のスープを両手で持って飲みながら、食卓の人々の顔を上目遣いで窺っていた。
オットーは、ベーラムの述べた『歴史』の意味の一端が、何となく分かる気がした。
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