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グラルホールドにおいて、町の創設者にして、迷える旅人の受け入れ手であるベーラムの人望は高く、彼は人々によく慕われていた。
廃墟に手を入れて町を再建し、荒れ地を掘り返して肥料を撒いて、耕作地とした。
耕作を行うことで、農作物の収穫が出来、野菜が食べられるようになり、同時に、他方、家畜の繁殖を試みることで、量は限られるが、食肉が得られるようにもなった。ベーラムは狩猟が得意だったが、町づくり以後は、狩猟は滅多にしなくなった。
だが、町の再建において、ベーラムが最重要視したのは、彼、及び彼を含む民族が心より従っているという、山岳信仰のシンボルの設置だった。
設置といっても、何かを加工して作るのではなく、すでに自然に存在するものを、シンボルとして指定し、簡単に目印を施すのだった。
みずからを『サンドラ人』と称する、ベーラムを始めとする彼らは、元々は山中にひっそりと、また細々と、世界史の範囲外で暮らしていた。
「我々は」、とベーラムが、食卓でのオットーとの話を続ける。「最初は一所に集まって過ごしていた。人が建てた建物ではなく山の洞窟で、生の木の実や果実を食べたり、狩った動物を解体した肉を焚火で焼いたりして、原始的な生活を営んでいた」
自身のまるで知らない人種、民族の生活様式に、オットーは興味を持って、ベーラムの語りに耳を傾けた。
「だが、ある時、離反者が現れたのだ。離反者というと堅苦しいが、要するに、サンドラ人の生活に嫌気が差し、神聖なる御山の外へ出ることを主張する革新勢力と言うべき者たちが現れた」
「新しい生活様式を求めて、ですか」、とおオットー。
「そうだろう」、とベーラムは頷く。「わたしは保守的だったし、彼らには賛意を示さなかったが、かといって、反対もしなかった。どちらの意見も正しいと思う、どっちつかずの日和見主義者だった。だが、長老がいて、彼が激怒して、離反者に完全に敵対したのだが、そのことが、一族が散り散りになるきっかけとなった」
食卓の子供が、話の途中、ご馳走様と完食の言葉を述べ、後片付けをしだした。ベーラムとオットーの話は、彼にはなじみにくいようで、退屈だったのか、食卓を離れ、どこかへと行ってしまった。
「君は分かっているだろう」とベーラムが息子の後を見送って言う。「君たちの世界の文明、文化は、サンドラ人のそれと比べれば、ずっと発展して高いものだ。結局のところ、世界というのは、どこもかしこも繋がっており、一族の内の誰かが、どこかで外界のことに触れ、知ることで、その高度さが羨ましくなり、一族と御山を離脱しようと思うようになったのだろう。そう、わたしは推測する」
「長老は」、とオットー。「一族の紛糾を鎮められたのですか?」
ベーラムは顔を正面に向け直すと、首をゆっくりと左右に振った。
オットーは、浮かないその表情に事情を読み取れる気がした。
ベーラムの夫人はまだ同席いていたが、彼女も、机上に両肘を突いて組んだ両手に顎を乗せ、しんみりとした面持ちだった。
「時代の波というのは、あらゆる隅々まで行き渡るものだ」、とベーラム。「戦争が方々で勃発することで、群雄割拠が生じ、それぞれの勢力が自己の強化を図って文化と文明を進展させていくのは、理の当然だ」
「戦争のこと、ご存知だったのですね」
「あぁ、御山を出ることで、知り、また驚愕した」
オットーは、黙然として、推断した。今、ベーラムが話していることが、きっと、あの手紙を届けた宛先の山荘の男がほのめかした、『悲劇』なのだろう、と。
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