第304話
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麗らかな春の陽気を嘲笑うように、新たなる戦禍がわたしたちの平和な町に土足で粗野に踏み入って、荒らしたい放題に荒らした。
わたしたちの町、フェノバールは、世界の覇権を握ろうと目論む新興宗教結社『光』との間において、決戦には遠く及ばない小競り合いが連続し、おおむねこちらの勝利で決着していた。
戦いには少なからず犠牲が伴い、勝利が続いたからといって、わたしたちは決して無傷でいるわけではなく、あるいは誰かの親族が、恋人が、戦死し、戦いが終わるたびに、祝勝の宴と共に、追悼の儀が行われた。
ある日、あまり士気が高くなく、まとまりのない『光』の方面軍が、フェノバールまで侵攻し、町を囲う城郭で、わたしたちフェノバールの兵団の兵士・騎士と『光』の騎士との間で、攻防が繰り広げられた。奇襲であり、わたしたちはびっくりしたが、戦況は、それまでの戦いと同じように、わたしたちに有利であり、さほど案ずる必要はないように思われた。
だが、事態は風雲急を告げる。
わたしたちの知らない新兵器を『光』が持ち出し、爆薬を動力源に稼働する金属の弾を発射するそれは、長い歴史と共に街を守り続けてきた堅固なる城郭の壁に風穴をあけるほど、恐るべき威力を持っており、細々した戦略などまるで歯が立たず、フェノバールはそれまでの戦況がすっかり覆され、窮境に陥った。戦いの影響は街中に散乱し、非戦闘員まで犠牲になるひどい状況となっていた。
わたしが小姓として服従する騎士であり、フェノバール兵団の指揮官でもあるブレイズが、『光』に対抗するが、雲行きはよくなかった。
彼はかつて騎士だった現フェノバール王、フリードリヒに指示を仰ぐが、フリードリヒは、ことの深刻さを鑑み、みずから戦いに出陣する決意を固める。
彼はよく目立つ鎧を纏い、囮となって、フェノバールを包囲している『光』の軍勢を引き寄せる試みに出る。
矢を腕に受けて負傷したわたしと、城の番兵フォンスは、王の命令もあって、彼の妃と王子と含む、逃げてきた町民を束ね、フェノバールの潰滅という悲劇を避けるため、街を脱出し逃走することを企てる。
馬車に避難民たちを乗り込ませ、走れる若者はみずからの足で走らせ、わたしたち、兵士・騎士は軍馬に乗って、戦火の広がる街中を、風を切って駆け抜けた。戦災より救出できるのは、その時すでに避難していた者に限られ、遅れて合流してくる者は、遺憾ながら、見捨てねばならなかった。
わたしは、見捨てねばならない町民のことを思うと、胸が痛んだが、何より心配の種だったのは、わたしの数年来の知己である服屋の娘、ミアの所在だった。
彼女は、ブレイズの裂けた胴衣の補修を頼んで以後、顔を合わせておらず、城に避難してきてもいない。
彼女は、『光』にふるさとのゲールフェルト村を滅ぼされ、家族と共にどこかの施設に拉致された被害者のひとりであり、辛くもひとり脱走してきた生還者だった。
わたしと彼女は、今は亡きわたしの連れ合いだったブルーノと合わせてよく知った仲であり、親友であり、更に言えば、わたしは多分、彼女のことを好いているのだった。
その彼女の安否を確認せずして街を去らねばならない苦悩は計り知れないものがあった。わたしたちのもとへ避難してきていない以上、まだ戦火の広がる街に取り残されて、最悪、死んでしまったり、敵に捕まって連れ去られたりしているかも知れない。
わたしは仲間と共に馬で走りながら、ひたすら自分たちが無事に生き延びることと合わせて、ミアが死なずに生きていて、後に再会出来るという希望を信じて祈るしかなかった。
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