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日が暮れてきた。春日遅々と言うが、春の陽気に憩う余裕など、片時もわたしたちにはないのだった。
わたしたちは木陰に隠れている。フェノバールまで視察に向かったという騎兵のふたりはまだ帰ってこない。遠回りしていると聞いているので、ある程度時間がかかるのは分かっていた。
木立にいて日が暮れてくると、ゾクゾクするほど辺りが暗くなってくる。小さい子どもなどはひどく怯えて怖がるのだが、子どもながら、わたしたちの置かれた状況をうっすら察しているので、わがままを言わずじっと耐えているのだが、そのいじらしい姿が、わたしを含め、年長者の目には、気の毒に映って仕方がなかった。
灯火を付けたい気持ちは山々だったが、やはり目立つことは出来るだけ避けないといけなかった。わたしはフォンスと、騎兵のふたりが帰ってきたら、ちょっと木立を奥まで行ってそこでキャンプをしようと話し合って決めた。
やがて、月明かりで辛うじてほの明るい中、騎兵は帰ってきたのだが、ふたりだったのが、ひとりに減っていた。
わたしは勿論、ここにいる皆、彼の取ってきた情報を知りたくて堪らなかった。
「おい、もうひとりはどうした」、とフォンス。
「アイツは、ちょっと遅れる」、と、フォンスと気の置けない間柄らしい騎兵は馬を下りながら答える。
月明かりは、面と向かって話す相手の顔が見えるほど明るくはなく、フォンスと騎兵は互いの面相がまともに見えず、あまりのもどかしさに、フォンスは置いていたオイルランプにとうとう火をつけた。顔がちゃんと見えない相手の話を聞くというのは、割と難しいものだ。
「油でも売ってるのか」
「いや、そうじゃない。おれたちふたりは、上官とその他の者が、道すがら遅れて向かってくるのが見えてから、合流したんだ」
「そうか。ブレイズ殿は 無事だったか」
――その言葉を聞いて、とりあえずわたしはひとつ安心を得ることが出来た。
「あぁ。おれは早くこのことを伝えに行った方がいいと思って、エスコートはもうひとりに任せて早駆けしてきて、こうして一足先に帰って来たのさ」
「どうせなら、一緒に帰ってこればよかったのに」
「そうだな。だが、新たな避難者がいたんだ。馬車がないし、馬も全員が乗るには足りないから、徒歩で来てる者もいる」
「徒歩で!? おいおい、おれたちはどれだけ待たされるんだ?」
「丸一日は見るのがいいだろう」
「馬鹿なこと言うな。さっさと迎えに行くのがいいに決まってる。馬車を空にして、迎えに行くぞ」
「今からか? お前が行くのか?」
「あぁ」
「やめておけ。逃げてきた町のひとたちを放っておくべきじゃない」
「お前がいるし、こいつもいる」
そう言って、フォンスはわたしを示す。
「落ち着けよ、フォンス。お前たちだってくたびれてるんだろう? 一晩休息を取るだけでずいぶん違うぜ。今この宵闇に無理して行って、明朝疲労で何も出来ないんじゃお笑い種だ」
「……」
ランプのあかりだけではよく見えないが、フォンスは悔しいのか、拳を握りしめているようだった。
「あの」、とわたしが口を挟む。
すると、騎兵はやや驚いたように目を見開いてわたしを見る。
「ちょっと聞きたいんですが、ミア……いや、服屋の娘はいませんでしたか? 薄い褐色の長いくせ毛の髪で、チュニックとスカートという出で立ちなんですけど」
わたしは彼女の特徴を言い、可能な限り明瞭に伝わるように心掛けた。
「う~ん」、と騎兵は困ったように首を傾げる。「そういう特徴の女は、何人か中に混じってた。ただ、それがお前の言う娘かどうかは、確言出来ない」
わたしはその答えを聞き、希望の光が差した気がし、思わず笑みがこぼれた。騎兵は分からないと言ったが、同じ特徴の女性はいるという話だ。彼女がミアである可能性は充分ある。わたしは感謝を伝えた。
フォンスは、王のことを今度訊いた。すると、騎兵は口調を落とし、沈んだ様子で、王の姿はなかったと答えた。
フォンスと騎兵とわたしは揃ってしゅんとし、そしてふと気付いたが、周りの避難民のみんなも、こっそり耳を傾けてふたりの会話を聞いていたらしく、王の不在を知って、一様に慨嘆しているようだった。
『光』の囮となって戦場を駆けたフリードリヒ王の行方、所在、状態などについて、口にする者は誰もいなかった。
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