第31話
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「コンラート」
と、少女はその名を呼んだ。
「はい」
答えたのは男だった。
「城下町へはいつ着くの?」
「恐れ入りますが、それはわたくしにも、分かりかねます」
「フン」
少女は機嫌を損ねたようで、プイとそっぽを向く。
ガラガラと車輪の音が止まず、また、地面の凹凸をそのまま反映し、車体がポンポンと落ち着きなく跳ね、馬車というのは、余り乗り心地のよいものではなかった。
だが、それでも馬車というのは比較的上流の身分の人々のためにあるもので、やはりみずから歩かなくていいというのは、身分や才能において卓抜した者の特権らしい。
幌の付いた馬車で、幌の中は人が乗り込むことを想定し、ベンチが置かれている。もちろん、荷物を運ぶことも出来、しばらく宿に泊まれる保証のないぼくらは、たくさんの野営用の道具を積み込んだ。火打石に、薪に、テントなど、色々だ。有事に備えて、武具も抜かりなく積み込んである。
さて、ぼくはブルーノと並んでベンチに座っている。馬車の進行方向に対して平行にベンチがそれぞれ両端に並んでおり、ぼくらの向かい側には、ぼくらがエスコートする令嬢である、リーザ嬢が、やはり不機嫌そうに腕組みして座っているのだった。長いストッキング、短いズボン、ゆったりしたチュニックは、腰のところをベルトで締めている。令嬢はそういう出で立ちなのだった。
「まぁ、そうイライラしないでください。腹を立てたところで到着時間が早まるわけでもないし、長い道のりを行くには長い時間がかかるんです」
ブルーノが諫める。
「そんなの、百も承知よ」
令嬢はそう返すと、そっぽを向けていた顔をブルーノに向け、「そんなことより」、と言った。
「あなたたち、正規の兵士じゃないんでしょう」
「えぇ、まぁ」
「じゃ、傭兵っていうこと?」
「……みたいなもの、ですかね。傭兵といっても、積極的に戦闘はしませんがね。ハハ」
のらりくらりと半笑いで令嬢の不平不満をかわしながら、ブルーノはあるものを眺めていた。
地図だった。
コンラートというシュトラウス家の執事が、馬車の馭者をやっている。
ブルーノは幌の中より馬車の彼方に見える前景をじっくりと見、方位磁石を参考に、地図を指でなぞって、行くべき方角を逐次確認しているのだった。
「傭兵といっても、ただの傭兵ではありませんよ。そこそこ旅の経験がありますので、ある程度は距離と時間を予測することが出来ます。だからといって、到着時刻を早めるなんていうことは出来ませんがね」
「結構ね。聞かせてもらおうじゃない」
地図より顔を上げたブルーノと、令嬢は、互いに睨むように相手を見据えている。
――このリーザというお嬢様は、ずいぶんと気の強いところがある。シュトラウスさんと同じく、人の上に立つ自負を持っていると感じる。
しかし、令嬢はぼくと同じくらいの年齢ではないか。はっきり聞いたわけではないけれど、背丈も、面差しも、ぼくとさほど変わらないように見える。変わっているのは身に付けているものの品質くらいだ。同じくらいの年の女の子だから、自然とその相貌に、ミアの面影を見てしまう。
「何、ジロジロ見てんのよ」
「あっ、すいません。別に深い意味はないんです」
対抗する意気地のないぼくは、あたふたと狼狽して謝る。
その性格はといえば、ミアとずいぶん違って、横暴で、勝気で、わがままで、とっつきにくかった。
濃い褐色の、後ろで括った髪が、しっぽのように、馬車の振動に合わせてフリフリと揺れる。
かわいいかかわいくないかと言えば、かわいいと思う。クリッとした大きな目が、何を見るにしても、どこか窺うように下から覗き込むようで、ミステリアスな表情だった。
だが、彼女の刺々しさというか、とっつきにくさが、その魅力を損なっているような気がする。
無事に旅路を行けるといいのだが。
馬車はずっと、揺れている。