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丘、ないしは山の町インベガ。わたしたちは日を跨ぐ旅程を経てようやくここまで辿り着き、安らげる時間を得た。
インベガを起点として以遠は山岳地帯となっており、超えることの容易ではない山々が並んでおり、山々に人跡はほとんどないという。
町に着いたわたしたちは、ブレイズがあらかじめ遣わした騎士が代わりにしてくれたお陰で、どういう事情を背景に訪れたのかわざわざ説明する手間がなく、すんなりと門を通行することが出来た。
寄り道せずにわたしたちは王の待つ城まで向かい、謁見を求めた。必ずしもいっしょに来た全員が王の前にひざまずく必要はなく、ブレイズを始めとして、主たる面々だけが玉座の間に赴けばよかった。
わたしは、腕に負った怪我のこともあり、ブレイズを城まで見送った後、彼に待機を命ぜられ、必要であれば自分で移動して怪我の治癒に必要となる薬品や衛生材料を調達するように言われた。
マルテのくれた薬草の効果は今も持続しているようで、血は止まっていたが、完全に止まってはいないのか、うっすらと腕に巻いてもらった包帯に血が滲んでいた。
わたし以外にも、一部の騎士・兵士が大気を命ぜられ、町の一隅に固まっており、もちろん大勢の避難民もいたが、狭い馬車の中でじっと留まっているわけはなく、それぞれ解放感を求めて外に出てきていた。通り過ぎていく町の人々は好奇の目を訪問者のわたしたちに注いだ。
――インベガの城、及び町の建物は総じて、薄い赤色のレンガを積み上げて作られた壁と、瓦屋根より成り立っており、派手さや華やかさはあまりないけれど、代わりに堅実さがあって好ましかった。
城は、いちばん高い塔ひとつに加え、それよりやや低い塔よっつがあり、城壁が庭を挟んで重なっている上、内側の庭に対して外側の庭は低くなって段をなしているという構造で、フェノバール城もおおむね似たような形式だったが、敵の攻撃に対して比較的安全に対応出来るようになっている。
「――フリッツ?」
ふと、建物の壁際に座るわたしのそばに人混みより抜け出、話しかけてくる者があった。
「ミアか。どうしたの?」
彼女はわたしの斜め前に膝を抱えてかがみこんだ。
「腕の怪我はだいじょうぶ?」
「あぁ、血がちょっと滲んでるけど、平気さ」
「痛みはもうないの?」
「痛みは……まだあって、自由自在というわけにはいかないね」
「そう。大事にしてね」
「ありがとう。そうするよ」
わたしは空を見上げた。山上の町で見上げられる夕空には、点々と星々が瞬いていて、心なしか星影が近いようだった。
「フェノバールと比べると、小さい町だね」
と、わたしは上げていた目線を戻して言う。
「そうね」、とミア。「町の壁から反対側の壁まで、あっという間。壁に上ってみれば、ものすごい高所。平原が吸い込まれそうになるほど遠くに見えて、思わず足が竦んだわ」
「壁に上ったの、ミア? 危ないよ。もし、落っこちでもしたら……」
「心配しないで。もう壁には上らないわ。だって怖いもの」
「ぼくも、上らないようにするよ。でも、町の外の景色にはちょっと興味があるから、もし行けるとしたら、お城の高台まで行って見てみようかな」
「いいアイデアね。わたしも見に行きたい」
「ミアはもう見たじゃないか」
「フフッ」
彼女は愉快そうに微笑んだ。身も心もズタズタのわたしは、その表情を見てやさしい感情に胸が温まった。
だが、詰まる所、ミアだってわたしのように傷心を抱えていても、おかしくはないのだ。
無理しているようには見えないが、わたしは彼女の内情を穿鑿しようとは思わず、今はただ、この和やかな時間が快かった。
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