***
城での時間は、長い緊張と不便を強いられてきたわたしたちにとって、久しぶりの休息となった。
インベガ王ギュンターは、その勢威を誇示するかのように、わたしたちめいめいに夜食を提供し、一堂に会して食事を摂ったが、そのメニューは炙り肉、スープ、焼きたてのパン、等々の日頃わたしたちが中々口にすることのない贅沢品に溢れていた。
めでたさとは程遠い惨事に見舞われて逃げてきたわたしたちにとって、それらの品々はまったく不釣り合いのようであって、その実落ち込みを和らげる慰みものとして、、これ以上ないほど立派であった。
作法をすっかり忘れ、獣同然に鯨飲馬食した卑しいわたしたちは、だが満腹感と幸福感を得、傷んだ体をよく癒してくれる安らかな眠りにつくことが出来たのだった。
……マルテ?
深夜。何かの気配が微かにし、眠っていたわたしの目は自然ななりゆきで、ゆっくりと開いていった。起こされた不満は不思議となく、気持ちは至って平静だった。
真っ暗闇なはずのわたしたちの大部屋の一隅が、ほのかな灯火で明るい。
ぼんやり霞む目をこすって凝視してみると、燭台を持ったマルテが寝間着姿で歩いていくのが見えた。
じぶんの寝床を離れ、扉の方に向かう。はて、何しに行くのだろう?
ブレイズも、ミアも、近くのベッドですやすやと寝息を立てている。他に起きている者はいないようだ。
わたしは気になって真っ暗の中、さっきまで見えていた視界の情報を頼りに、マルテを追跡すべく、ほとんど見えない部屋の中を用心深く足を運んだ。
扉を開いて出た廊下も、壁の燭台の火があるものの、深夜の暗さが勝っており、廊下の向こうは完全に暗黒の深淵となっていた。
じぶんが灯火を持っていなくても、マルテが持っており、道筋はちゃんと見えていた。隠密に追うにはこの状況は都合がよかった。
わたしは夜番の衛兵に気付かれないよう、抜き足差し足でそっと歩くのだが、マルテはまるで幽霊のようにスウッと滑るように進んでいくので、離されないで付いていくのは骨だった。
中庭に近いある廊下の曲がり角にマルテが差し掛かった時、彼女が立ち止まった。
わたしも立ち止まり、様子を窺っていると、どうも先の方より衛兵が来ているらしい。
衛兵に見つかって注意されると確信したわたしは、引き返す態勢を整えて彼等を見守った。
「……? おい、女」、と衛兵が厳しい口調で呼びかける。
マルテは動じず正面を向いている。
「こんな時間にこんなところで何をしている? 見ない顔だが、そうか、フェノバールの者だな」
「お察しの通りですわ」、とマルテはいやに飄々と応じ、余裕しゃくしゃくという感じだ。「わたし、マルテと申しまして、フェノバールでは薬屋に務めておりました」
「くだらないおしゃべりはいい。マルテと言うのか、早く部屋に帰れ」
「ごめんなさい。兵士さま。わたし、ちょと用を足したくて出てきたんです」
「何だ、そうか」、と衛兵は納得する様子だ。「ゆうべ、御馳走が振舞われたからと調子に乗って飲み過ぎたのが災いしたんだ。早く行け」
「ご海容に感謝いたします。では」
そう言ってペコリと一礼すると、マルテは衛兵とすれ違って曲がり角を曲がって行ってしまった。
わたしはすっきりしない気分で見ていたが、この後を考えると、にわかに胸がドキドキしだした。
引き返すべきか? いや……
「……? また深夜の徘徊者か」、と衛兵はわたしを認めるとうんざりしたように言った。
「お前も、フェノバールの生き残りか。否、委細は最早どうでもいい。早く部屋に帰って寝ろ」
「ぼく、トイレに行きたくて……」
そう言って内股になってモジモジすると、衛兵は俯けた顔を手で覆い、呆れたように首を左右に振った。
苦笑いするわたしに、衛兵は指で曲がり角の方を差し、早く行ってくるよう、促した。
「ありがとうございます」、と早口でサッと言ってしまうと、わたしはそそくさと早足でその場を去った。
マルテの行方……深夜にも関わらず寝ぼけた感じではなかった彼女の動向が気がかりで、わたしはこうして下手な芝居をして、また貴重な睡眠時間を削ってまで、奇妙な追跡に集中力を傾けているのだった。
***