***
「悪い、フリッツ」
ブルーノが言う。
「何?」
「中からじゃ、景色がよく見えないから、おれ、コンラートさんの隣に行くよ」
「そう。分かった」
ブルーノがぼくに耳打ちする。
「あのリーザっていう子、結構性格がキツそうだが、あんまり真面目に取り合う必要はないぜ」
「そうだね」
「まぁ、何か癪に障ることを言われても、どこ吹く風と流しちまうんだな」
「うん」
ブルーノは、「じゃ」、と、幌の中より出て、馭者の隣へと移った。
残ったのは、ぼくとリーザ嬢だけとなった。
彼女は相も変わらず、虫の居所が悪そうで、腕組みして、取り付く島もないという感じだった。
ぼくは話しかけるでもなく、ボーッとしていた。
馬車がガタガタと揺れる。
そういえば、とぼくはふと、思い出されることがあった。
リーザ嬢の荷物だ。鞄を携行するのは分かるが、大き目の木箱が、幾つか積み荷として載っているはずだ。
ぼくは一か所にまとめてある荷物の方を見遣る。確かにそうだ。ぼくらの荷物を除けば、後はリーザ嬢のものである。そして彼女の荷物はやけに多い。
「ハァ」
と、リーザがため息して深く項垂れる。気でも抜けたようだ。
今がちょうどよいかと、ぼくはさりげなく切り出した。
「ちょっと気になることがあるんですけど」
「何?」
彼女は俯けた顔を上げる。
今までのピリピリしていた雰囲気が一転し、急にいささかやつれた面持ちになって、気怠そうに返事する。疲れたように下がる眉毛が、その内面を示唆している。
「お嬢様の荷物なんですけど、やけに多いなぁと思って」
「当たり前じゃないの」
「というと?」
「あなた、聞いてないの?」
「はぁ。恐らく」
そう返すと、リーザは参ったというように両手を上げて、首をすくめる。
「わたしは城下町へお出かけしに行くんじゃなくってよ。ホームステイに行くの」
「そうだったんですね」
「学校に通うのよ。初等教育が終わって、次は中等。村にはそのレベルの学校がないから、よそに行かなきゃいけないってわけ。お分かり?」
「成るほど」、とぼくは頷く。
……とすると、彼女はぼくと同い年ではなく、ひとつかふたつ、上らしい。よく分からないけど。
「ただの小旅行なら、さほど荷物は要らないけど、そこに移り住んで生活するんだし、それなりに物量は嵩むわね。ハァ~ア」
そこまで行って、リーザは腕のストレッチも兼ねて大あくびする。それがお嬢様らしからぬエレガントとは程遠い大振りなあくびで、何かぼくにはプッと噴き出しそうになるおかしさを覚えさせるのだった。そしてそのおかしさは、親近感へと繋がっていくのだった。
「親戚のお家なの。わたしが行くところね」
そう言って、どこか翳りを帯びた侘しそうな表情を見せると、上げたり下ろしたり出来る幌を少し手でめくり上げ、外をしっとりとした目付きで眺める。
「憂鬱だわ」
リーザは旅慣れてないのだろうな、とぼくは思った。
その点においては、ぼくは優越感に浸ってもいいという気がした。
なぜなら、貴賤においては大きな差があるけど、旅ということに関しては、彼女より、ぼくの方が経験が豊富だからだ。