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「マルテがどうしたって?」
ミアが聞き返す。
わたしは、昨夜のことについて彼女に尋ねてみようと思い、口にしたのだった。
「夜中にふと気配がして起きたんだ。そしたらマルテが、燭台を持って部屋を出ていくのが見えて、後を追ったんだけど」
「お手洗いにでも行ったんじゃないかしら? わたしは朝から晩までずっと寝てたけど」
「そういう雰囲気じゃなかったから気になったんだ。お手洗いかって思えば、ぼく、わざわざ付けたりなんかしないよ」
結局、マルテはどこにも行かず、廊下の窓辺で外を眺めると、いささか気落ちして部屋へと帰ってきたのだと言うと、ミアも、わたしとだいたい同じで、腑に落ちない感じだった。フェノバールで知り合ってからも、特に不審に思わせるところはなかったようだ。
「気にはなったんだけど、ミア、彼女に直接聞くようなことはしないで欲しいんだ。昨夜のマルテは……寝ぼけた感じじゃなかった。きちんと覚めていて、何か目的があって、出歩いたんだって思うんだ」
わたしがそう真剣に言うと、ミアも同調してくれたようで、だが、面持ちには陰があった。
「分かったわ、フリッツ。このことはナイショにしとく」
「恩に着るよ」
会話を終え、わたしたちは別れた。わたしは街中に、ミアは城内に、それぞれ向かった。
歩きながら、わたしは改めて、このインベガという街の模様をよくよく観察した。
石造りの建物ばかりが軒を争っている。道路も石を敷いたものである。建物は高いものと低いものが雑然と入り乱れて並んでおり、ずっと続く道路を封鎖するようにたっていることがあるが、人がちゃんと通れるようにアーチのトンネルとなっており、道路をまたぐ建物は基本的に渡り廊下の機能を持っているようだ。
まっすぐ行ったり、折れ曲がったりを繰り返し、わたしは、渡り廊下の建物いのぼる階段を見つけ、上ったら広場の向こうは開けており、城壁よりやや越えた高所の眺望が見えた。わたしたちの来た平野が大きなスケールで見下ろされ、しかし、細かいことはよく分からなかった。
わたしは、手でひさしを設けて遠望し、木立の者が戻って合流することを予期した。
「いい眺めですね」、とふとわたしは、声をかけられた。
振り返ると、マルテが立っているのだった。わたしは即座に、ゆうべを思い起こした。
「お散歩ですか? フリッツ」、と彼女が人懐っこい微笑をたたえて訊いてくる。
「えぇ、まぁ」と、わたしは何とはなしに決まりが悪くて目が逸れがちになり、歯切れの悪い返事をする。
「しかし、お時間は大丈夫ですか。お城で訓練されるのでしょう?」
「まだ休憩時間のはずです。それに、訓練といっても大したものではないので、あまり熱意を持って取り組もうと思えないんですよね」
「そうですか……」
「マルテは?」
「わたしは、新しいお仕事と住まいを決めてきたところです」
「もう決まったのですね」
「えぇ。たまたま運がよかっただけでしょう。薬草を取り扱うお店がいくつかあって、その内のひとつに、置いてもらいます。薬草の栽培と管理が主立った仕事です」
「マルテはきっと優秀なんでしょう。ミアと話しましたが、彼女はまだ仕事探しの途中みたいです」
「いいえ。わたしは優秀なんかじゃなく、本当に幸運が恵まれただけに過ぎません。ミアは優れた裁縫と仕立の技術を持ってます。ただ、まだ機縁が巡ってこないだけでしょう」
わたしは、じっとマルテの顔を見つめていた。背中まである長い髪が風によくなびいて注意が行ったし、灰色の瞳が綺麗だった。この美貌と言える容貌と、ゆうべの不可解な動向が、マルテにミステリアスな雰囲気を与えていた。
そしてわたしは、彼女の目元がうっすらと黒ずんでいることを認める気がした。きっとクマだろう。
「……?」
わたしの視線に、マルテが首を傾げる。
わたしは決まりの悪さに耐えられず、目を背け、そろそろ城に戻らないとと言って、挨拶の言葉もなく、その場を去ったのだった。
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