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わたしたちの部隊が有する地図は、専門の者が旅して作成したものであり、俯瞰図として描かれている。もちろん、完璧ではなく、ある程度実際の地理と合致している一方で、ある程度相異がある。従って、参考程度にする代物であるが、地図がなければ行くべき方角を定めることすら出来ないので、完璧でなくても、重宝される。
しかし地図は――少なくともわたしたちの地図は、限界があり、この世界全体をカバーしているわけではない。
その地図の中で、今わたしたちのいるインベガは、限界の地点にあり、その先は無限の山脈として描かれているのみである。
時代が平和であれば、気の長い旅に赴くことが出来るのだが、今の戦乱の世では、それは厳しい。
わたしは、ブレイズに許可を請い、ある夜、城の牢屋にいる浮浪者とちょっと言葉を交わすことにした。
――牢屋は地下にあり、階段を下りていったが、空気がずいぶん冷えていた。
何かしらの罪で投獄されている囚人がおり、総じて目付きが悪く、人相に分かりやすく人柄が現れていた。彼等は通路を行くわたしを睨んでいた。量刑が終わるまでの間、彼等は不自由なわけだが、彼等の運命は、この街の裁判で決まることになる。
牢屋の番兵に浮浪者のいるところまで案内を求めて、わたしは見分けの付かない鉄格子で遮られた牢屋の内のひとつに誘導してもらった。
中にいるのは男で、ずいぶんやせっぽちなのがまず目に付いた。衰弱でもしているのだろうか。壁側に頭を置いて横たわり、ジトッと疑り深い目付きでわたしを窺っている。
番兵に礼を述べると、わたしと浮浪者はふたりきりとなった。
わたしがじっと見つめていると、「何の用だ」と低い声で呟いた。
「聞きたいことがあって来ました」
浮浪者に対して敬語を使うのも変だったが、偉そうな口を利くのも違うと思って、言葉遣いがいささか難しかった。
「聞きたいこと?」
彼はわたしより年上に見えたので、とりあえず敬語を使うことにした。
「えぇ。あなたがわたしたちの知らない方面より来たみたいなので」
「おれだって知らねぇよ。ずっとさまよってたんだ」
彼は目を逸らし、ぶっきらぼうに投げ槍に答えた。
「ずっと? ずっとひとりだったんですか」
「そうだとも言えるし、違うとも言える」
「詳しいことを聞かせてもらいたいのですが……」
番兵も、他の囚人も息を殺してわたしたちの会話を盗み聞きしているようで、わたしは何となく気まずかった。
「主がいたんだ。ロクな主じゃなかったがな。初めはそいつといっしょだった。だが、途中から付いていけなくなってな、別れたんだ」
わたしはしゃがみ、なるたけ声をひそめてしゃべろうとした。しゃがんだ方が、目線の高さが浮浪者と近く、話しやすくもあった。
「成るほど。遍歴職人か何かやってて、途中で親方と仲違いして物別れになったとか、そういう具合ですかね」
「職人? ヘッ」
彼は見下すように鼻で笑った。わたしの推測が間違っていたのだろうか。
「どうせこうして牢屋に入れられてんだ。隠すだけ無駄ってもんさ。おれは賊だったんだよ。いっしょだった主もな」
「賊……そうですか」
「エルっていう名前の男さ、おれが付いてたのは」
「エル……」
彼は割と話が出来るようだった。頭が悪いと聞いていてひょっとしたらどうしようもないと不安がっていたが、杞憂だったようだ。
彼への問いかけ、と彼の回答への傾聴を繰り返していく内、驚くべき事実がポッと出てきた。
彼が付いていたという『エル』という名の男だが、浮浪者いわく、もともと賊だったのが、後に傭兵となり、傭兵として戦績を積んだ後、何と『光』の宗教騎士団に入ったのだという。
思わぬ形で憎き『光』と邂逅することになり、わたしは唖然とさせられた。
このことを、ブレイズを始めとして、他の上官たちはすでに知っているのだろうか。
この浮浪者の登場が吉兆なのか凶兆なのか、それはまったく分からない。
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