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浮浪者には、牢屋に閉じ込められる正当性の根拠となる罪はない。彼はただ、不審人物としてインベガの近辺を徘徊していて、怪しいという疑いによって捕まえられ、身柄を拘束されたのである。
街の参事会の委員のひとりが浮浪者と面会し、尋問を重ねて彼という人間の性質の見極めを試みたが、その結果、彼からは、犯罪の証跡はいっさい出てこず、人柄に関しても、これといった悪意・害意が認められず、無罪放免となった。
とにもかくにも、浮浪者は、ほとんど剥き身に近い心許ない装備での長旅によって、ひどく衰弱しきっており、牢屋より解放したところで、虫の息という感じだった。
浮浪者のことが何となくわたしには気がかりだったが、自分のことが第一だった。
戦闘訓練は未だに変わりがなく、従来の武具を用いて継続された。意義はさほどないとやはり思われるのだが、体を動かすことは、健康のためにも確実に大事であった。マルテは薬草の栽培者として城外に移って精勤し、ミアはというと、たまたま衣服の布地を製作するお店で欠員が出たということで、そこに採用され、糸車で糸を紡ぐようになった。
わたしたちにおいては、『光』の編み出した新兵器への対策として、その研究に手が着けられ、実際に目の当たりにして知っているわたしたちフェノバールの者たちは、自身の知っている情報を洗い浚い、インベガの軍略家と自然科学者に提供した。言葉での説明と描画がせいぜいだった。
実物があればいちばんよいのだが、あれほど大きな代物を敵より奪い取るのは困難だろう。
だが、わたしたちの持ち寄った記憶の情報だけでは、あの恐るべき兵器の半分さえ解明することが叶わず、実りはあまり多くなかった。
あの兵器を再現することが課題であり、その威力、その仕組み、その利点と弱点を明らかにしなければ、わたしたちはまた、圧倒され、敗北を喫する。
再現できなければ、鹵獲するほかない、と誰かが言うまで、そう時日は必要なかった。
わたしたち兵士、及び騎士はある日、広場に呼集され、スピーチが催された。ブレイズもフォンスも参加しており、話し手はインベガのある上級の騎士だった。
「新しい作戦がこの度組み上げられた。諸君らに説いて明かす。我らの同盟たるフェノバールが『光』によって攻略されたのは記憶に新しい。ここインベガもいつ奴らの標的となるか、時間の問題だろう。奴らは新しい兵器と戦術があり、他方、我々は古い兵器と戦術で情けなく遅れを取っている……」
誰もが真剣に耳を傾け、そして妙な緊張感をまとっていた。わたしも、どこかドキドキと胸が苦しく、きっとわたしたちは、この場で下されるだろうと思われる命を推測し、不安になっているのだ。
「……あらゆる知識人を集めて情報交換し、兵器の研究を進めようとしたが、やはり現物がなければ話にならず、今回、遠征を行う運びとなった。敵は勿論『光』であり、戦地は占領されたフェノバールである。最優先事項は敵新兵器の鹵獲であり、ひとつでも持ち帰れれば成功である。多少傷付いていてもいいし、最悪、壊れていても構わない。調査分析に供するための鹵獲である。戦闘そのものは最小限の被害にするよう、留意すること。詳しい日程は追って通達する。以上だ」
解散が指示され、整っていた列が崩れ、辺りはざわざわと話し声が入り乱れた。
スピーチで言及された『光』の新兵器は、わたしたちにとっては既知のものだが、インベガの者には未知であり、その不安の程度はある程度推し量られる。
だが、既知のわたしたちは、その脅威を実感と共に分かっているのだが、その理解が余裕とはならず、攻略出来ないという苦手意識によって、彼等と同じように、小さくない不安に苛まれるのだった。
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