第325話
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『光』の方面軍の出征には、真正面から衝突し合う会戦の時ほどの戦力は要しなかった。
今度の出征は、大規模な戦闘ではなく、半ば視察じみたものであり、だが、相手の出方次第では討滅しなければならない可能性があるので、それなりの人数と装備、及びしっかり練られた作戦が用意されていることが望ましいのだった。
教皇トーマスの宣言によって、更なる信徒の獲得と領土の拡大を目論み、『光』はフロンティアへと切り込みに向かうのだった。
春の陽気がうららかで花々が道端に笑っていたが、旅の道中、天候は晴れ続きとはいかず、崩れ、雨が降った。
成るほど、今回の出征にかける人員の数を制限したのは、正解だったみたいだ、と、馬に乗って編隊を組んで駆けるクロロは思った。
彼の体は、雨が全身に降り注ぎ、どっぷりと濡れていた。バケツをひっくり返したような、ひどい雨脚だった。ぬるい雨で、寒さはないが、不快だった。
木深い木立という環境に対して、雨という天候の組み合わせはかなり悪く、馬の速度を上げることが困難で、進んでいるのが街道のない険しい山道ということもあり、かなりもたついた。
クロロを始めとした方面軍――否、方面隊の騎士たちは、その規模からして、出征に赴くというよりは、むしろキャラバンのように営利目的で商いや調査に向かうという感じで、とてもではないが戦闘を行える人数には見えないのだった。
だが、正面を走るクロロが服従する騎士であるエルは、しっかりとした装備をまとい、剣は勿論のこと、彼の見たことのない長い武器を背中にしょっているのだった。刃が付いておらず、だが、ただの棒というには、金属の装飾具があり、何かしらのギミックで作動する代物であるらしいが、クロロには未知のものだった。
――今、時間はどれくらいだろう。
クロロは疑問に思ったが、雨雲に覆われた灰色の空は、ずっと暗く、時間の感覚を失わせた。
木立を抜け、下草と花々の叢生するなだらかな斜面に出ると、「いったん止まれ!」とエルが叫び、一同が手綱を短く持って馬を停止させた。
クロロには、進むのをやめた途端、雨音が激しく聞こえ出したが、雨脚が強くなったわけではなく、馬上で浴びていた向かい風に遠くなっていた耳が、進行を中断したことで、感覚を取り戻したようだ。
雷さえ鳴っているようだが、稲光は見えず、ゴロゴロという唸りだけが、聞こえている。
レメロン大聖堂をバルビタールとは反対の方角にずっと進むと、山の麓となっており、その先は山地であり、以遠の領域は『光』にとって未開拓地だった。
『光』にとっての最終目標は、世界全土への教義の浸透と宗教の統一と単一化なのであるが、結局のところ、物事には順序があるわけで、山地より攻略しやすいところが優先されてきたのであり、今回ようやく、山地へと足を踏み入れる運びとなったのであった。
山地などに一体なにがあるというのか、開拓するにしても、行き来が不便であり、骨折り損ではないのかという否定的意見がよく聞かれたが、ある噂、ないしは言い伝えがあり、それは、山中を好んで住処にする人々に関するものだった。あくまで噂であって、真偽のほどは定かではない。
その確認もかねて、今回の出征が行われたわけである。
「今日はもう遅い」、とエルが皆に向かって雨音に負けまいと大声で言う。「これ以上進んでもいたずらに体力を消耗するだけだろう。この辺りでキャンプを設けて雨風を凌げるようにする」
上官の指示が下ると、クロロを始めとして、全員が了解の返事を返す。
詳しい時間は知れないが、夜に近いようだった。
クロロは他の者と協力して雨除けの幌をひろげ、キャンプが出来るくらいの広さのあるスペースで、木を柱として張った。こうしてとりあえず雨を防ぐことが出来るようになったわけだが、クロロは、このきつい雨のせいで乾いた薪がなく、濡れたまま過ごさねばならない不便さを思い、憂えた。
乗ってきた馬は雨ざらしでも平気で、木に繋がれて、じっと佇んで休んでいる。
幌を張って、持ってきた荷物の水気を払って敷いた布の上に置き、薪がない代わりにオイルランプを灯して、皆、その周りに集まった。
ふと、クロロは何か樹上に見え、気になって近付き、手を伸ばして取ってみると、それは、多彩に編まれた極彩色の布で、袖と裾があった。
衣服であるらしいことを誰もが見て取り、今まで半信半疑だった、山中に定着して住まう人々の信ぴょう性が、にわかに増すようだった。
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