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雨上がりの朝日に晒された衣服の水気は、期待されたほどは取れなかった。春日は確かにポカポカした温もりを持ってはいたが、山中の空気の冷たさが勝って、乾燥は難しかった。
エルは連れ合いの騎士たち、及び従卒たちにその日の指示を出し、山の民に会いに行くため、山の奥へ進むことを提起した。
だが、彼はごく少数に対してのみ、このキャンプに留まり、乗らずに置いていく馬の世話と、キャンプの整備、充実と、周縁の清掃を命じた。
エルたちに随伴するクロロは、支度する彼の要求に応じ、比較的乾いている替えの衣類を用意して彼に渡した。
しばらくして着替えが済むと、エルは雨に降られてしけり、機能しなくなっていた携帯型の火砲を手に持ち、各所の具合を目視で確かめた後、頷くでもなく、首を傾げるでもなく、何か考え込むように黙然と俯いた。
「作動するのですか?」、とエルの脱いだ衣服を抱えたクロロが尋ねる。
「分からない」、とエルは返す。「一発試しにぶっぱなしてやろうかと思ったが、ここで大きな音を出すのは避けるのが無難だろう。アイツらを無用に刺激するのは賢明ではない」
「あの……」と、クロロは、言い難そうにモゴモゴと口籠る。
エルは促すように、クロロを見つめる。
クロロは、思い切って言ってしまおうと覚悟を決め、口を開く。
「相手が好戦的でないのなら、武器は要らないのではないでしょうか。むしろ武器は、相手を威嚇し、怯えさせるばかりで、逆効果になるのではないでしょうか」
「……」
クロロの意見に、エルは沈黙し、答えを案じている様子だ。
気まずい空気が騎士と従卒の間に漂い、微かな緊張感を生起させる。
「まぁ、お前の意見には一理ある」
と、エルが沈黙を破って答える。
「だが、相手が好戦的じゃないというのは、あくまでおれたちの印象に過ぎず、実際どうなのかは分からない。案外連中は、血の気が多いかも知れないし、その時におれたちが戦うための道具を持っていなければ、いいようになぶり殺されかねない」
「……」
彼の言い分はもっともだと、無言の内に肯定するクロロは、恥じらいと共に俯いた。近くにいる仲間たちの向ける好奇の視線が、彼の居心地を悪くさせた。
「ごめんなさい」
と、彼は耐えきれずに陳謝する。
「勝手な意見を口走ってしまって」
「構わないさ」
と、エルが火砲のストラップを肩にかけながら返す。
「別に命令に逆らったわけじゃないし、おれはお前に意見の主張を禁ずるつもりはない」
……どこか、白けた雰囲気があった。それはきっと、クロロがエルに呶鳴りつけられてビクビクするなどの光景を見たかったという、仲間たちの意地悪な暗黙の期待が裏切られたことの落胆が、源となっているのだろう。
「クロロ、それより例の薬はちゃんとあるか」
「例の薬……はい」
「よこしてくれ」
そう言われ、クロロは革袋の中から、小瓶を取り出した。
手渡されたそれを、エルはじっと手のひらの上に見下ろした。小瓶の中には、真っ黒な粉末が満タン近くまで詰まっていた。
「行くぞ」
小瓶をポケットにサッとしまい込むと、エルは言い、ひとり歩き出した。クロロと他の仲間たちは、若干の戸惑いと共にその後に続いた。
キャンプに留まる騎士たちが色を正して敬礼と応援の辞で彼等を見送った。
春の陽気に、山の木々は安らかに憩い、低いところでは、春の野花が咲いていて、リスやイタチなどが餌を求めて活動していた。
山中はやや肌寒いが、歩いているだけで快い春の麗らかな日和だった。
クロロは、この日和のように穏やかに、これからのことが運べばいいと祈り、同時に、目の前を歩くエルの背中の火砲を見ることで、小さな不安に胸を痛めるのだった。
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