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原生の草木が生い茂る深山を、エルたちは歩いてのぼっていった。
人跡がほとんどない山奥は、足を運ぶのが大儀で、一向は、先般ひとりの男と遭遇し、山の民に関する真実を確かに確認したものの、だんだんとひとの存在が怪しく思われてくるのだった。
だが、その内、目に付く形跡が見えるようになった。切り倒された木の積まれたもの、焚火のために並べられた石ころの輪及び焚火で出た灰、木の実の渋皮、等々である。
騎士たちが道すがら立ち止まってしゃがむなどして調べてみると、にんげんの髪の毛と思しきものが発見されたりし、やはり誰かが存在すること、そして、彼等がこの環境で生活を営んでいることが、改めて察せられた。
エルたちは編隊など組まずに、バラバラに歩いていたが、特に好奇心の強い先頭を歩く騎士が、何か見つけたようにハッとして駆け出すと、程なく戻ってきて驚いた顔で、早く来てくれとエルたちに請うた。
「ヤツらがいるのか」、とエル。
「いえ、にんげんが見つかったわけじゃないんです。その"跡"の新たなものが、向こうにあります」
そう言われ、一向は、木々の間を進んだ。その間、目の届く範囲に、小石を敷いた道らしきものが見えていて、近くに何かがあることは確かなようだった。
春の山林は生態系が豊かで、冬をじっと我慢していた生き物たち――植物も、昆虫も、鳥獣も、全てが、生き生きと動き回り、生命の季節を謳歌しているようだった。にんげんも、勿論、その例外ではないというのは、間違いのないことである。
さて、木々の暗中を潜り抜けた一向は、開けた場所に出た。だが、峠ではなく、そこは、草木がある方法で処理されてなくなった広場のようだった。
「これは……」、とエルが目を見張り、広場の中央へと向かう。
クロロは臆病さが出て、バラバラの並びの最後尾の辺にいたが、遅れて広場へとやって来、ずっと鬱陶しい獣道ばかり歩かされていた彼は、その広さに、どこかホッとするようだった。
「灰と炭がこんなに……」
エルがしゃがみ込み、手で地面をサッと撫でるのだが、辺り一面、サラサラの灰と炭の崩れた欠片と、燃え尽きて一部炭化した倒れた樹木ばかりだった。虫、動物の真っ黒に焦げた死骸もあり、炎の燃え盛った跡が生々しかった。
石の道が、広場へと繋がっており、ここには、人の往来があるのだろう。
「エルさん、見てください」、とさっきの騎士が呼びかけ、指で地面を示す。
エルが目をやると、彼の指の先に、芽吹いたばかりの若い、丈の低い植物の姿が認められた。
「雑草ではなさそうだが……」
「ここだけじゃありません。他にも」
そう言って騎士が、両腕を拡げて広範囲に注意を誘導する。彼の示した範囲中に、同じものと思われる植物が規則正しく並んで植わっているのだった。
「成るほど」、とエルは顎に手をやって考え込む様子になる。
クロロも同じものを見たが、何がどうなっているのか、まるで分からないし、考える頭も足りないのだった。
「野菜か何かが育てられているのだろう」
と、エルが言って立ち上がる。
「草木を焼いて出た草木灰を肥料に、作物を育てるのは、よく知られた農法だ」
ずっとしていた青葉のヒリヒリした匂いが、そこではせず、うっすらと、独特の臭気が漂っていた。
にんげんの営みの形跡が発見され、その形跡は新しく、近くに誰かいるのは確かだった。
山の民と知られる民族との出会いはそう遠くないようだ。
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