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藪の方にエルが近付いていくと、ザザッと足音がした。ひとりではなく、ふたり、さんにん……とにかく複数いるようだった。
だが、足音はエルへと近付いてくるものでなく、遠ざかっていくものであり、石を投げた者の他に、何人か連れ合いがいたらしく、だが、エルのまとう殺気に恐れを成したのか、彼等は逃げ出したのだった。
後を追うことはせず、エルは、足元でのびている男に対し、爪先でチョンチョンと小突いて反応を確かめた。
反応はなかった。だが、死んだわけではなく、ただ、気絶しているのだった。
エルはその場に片膝を突いてしゃがみ、横たわる男の胸倉を掴んで持ち合げた。頭に傷があり、そこに彼の投げ返したつぶてが命中したようだった。
「――エル殿」
と、付いてきた騎士が呼びかけると、騎士は、エルの持ち上げるにんげんの姿を目にし、神妙な面持ちになった。
「その者は、死んでいるのですか」
「いいや、伸びてるだけだ」
と、エルは飄々と返し、男の容貌をまじまじと全体的に観察する。
――黒い髪。日焼けした肌。浅い傷でいっぱいの肌。そして、衣服……極彩色の衣服。
「我々は」、と騎士は、神妙な面持ちを崩さずに言う。「戦いの用意を整えるのがよろしいのでしょうか」
その問いかけに対し、エルは眉をひそめて黙り込むことで応じ、彼は悩んでいるようだ。
「なぁ、お前」
と、エルが騎士に呼びかける。
「コイツらと、おれたち。互いの言葉は通じ合うと思うか?」
「言葉……」
と、騎士はくと、目を細めて熟考する様子だ。
「いや、えぇと、わたくしめには、分かりかねます」
「やれやれ」
と、エルはボヤき、ため息を吐く。
「おれたちには、端から交渉の余地なんてないってことか?」
気の小さいクロロが、やはり遅れて藪の方までやって来、エルと騎士のやり取りに遠巻きに参加する。
「彼奴らが我々の言葉を解しないというなら、実力行使に出ざるを得ないというのは、考えられることではあります。野蛮人に我々は用はないのです」
「そうか」
エルはそう短く答え、納得すると、男を再び横たわらせ、彼の顔を睨むように見下ろすと、おもむろに立ち上がり、「戦闘の態勢を整えよ」、と命じた。
「はっ」、と騎士は恭順に諒解し、ゾロゾロと集まってきた他の者も同じだった――ただ、クロロひとりを除き。
クロロだけは、心の中で反対し、抗った。戦いたくない、否、彼等、山の民と戦うべきではないと主張した。
だが、その主張は口にされず、苦々しく噛み殺されざるを得ない重圧に晒され、クロロは胸苦しかった。
騎士と従卒が続々と支度のためにキャンプの方へと向かう中、クロロだけは、その場で伸びて横たわっている男のどこか愛嬌のある人相を見つめ、確かに彼は石を投げはしたけど、話し合いの余地は残っているのではないかと、思わずにはいられないのだった。
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