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エルたちが対峙する山の人々は、口を利けないか、あるいは彼等とは別の言語の使用者であり、とにかく、互いに言葉を交わすことはまず無理と見て間違いなかった。
だが、エルたちの認識を裏切る形で、彼等と共通の言葉を解する者が現れ、断念されるはずだった話し合いの時が訪れたのだった。
「……」
「……」
エルを先頭にした『光』の方面隊と、長と思しき男を先頭にした山の部族たちが、重たい沈黙の中、差し向かいで睨み合っている。
空気が張り詰め、一触即発という感じだったが、争いがかろうじて勃発しないギリギリのところでそれぞれ手を出すのを抑制している状況のようであった。
ゴホン、と長が拳を口元にやって咳払いすることで、緊張感がやや和らいだ。
「わたしたちが山中で細々と暮らしているのは、外界の干渉を避けるためだというのに、下界の連中は、どうも強欲なようだ」
「何?」、とエルが目を怒らせて食ってかかる。
「用件は何だね。わたしたちに何か用があるのかね」
「用件がなけりゃ、こんな僻地にわざわざ来るかっての」
彼等のやり取りは、交渉や話し合いというよりは、むしろ売り言葉に買い文句の応酬、要するに口論であり、和らいだと思われた緊張感は、決して和らいだわけではなく、まだ胸をドキドキさせるものとして厳然としてあるのだった。
「まぁ、お前たちの装いを見れば、ここまで何しに来たのかなど、だいたい推測が付く」
そう言って長は、エルたちの身に纏う防具と武器、そして彼等の傷だらけだったり目付きがキツかったりする人相をしげしげと目を細めて観察した。
「資源を求めての侵略か」
長がひときわ眼光を鋭くして推論する。
「まぁ、あながち間違っちゃいない」
そう返し、エルは腰の剣の柄に手を軽く添えると、「だが、おれたちはここにある野菜などに毛ほどの興味はなく、興味の対象は他にある」、と続けた。
「おれたちはちょっとした宗教結社の騎士団の者でな、その宗教は世界のすみずみまで行き渡るというやんごとない定めを負っているのだ」
「フン」、と長が鼻で笑う。「お前たちの信じる宗教には、ずいぶん厚かましい教義があるようだな。下界だけでは飽き足らず、わたしたちの御山まで侵す気か」
「おれだけの意志ではない、崇高なるヨハネス導師の高配なのだ」
「聞いたことのない名前だが、この際どうでもよい」
「おれにおいても、お前などが導師様を知っているか否かなど、どうでもいい。さぁ、回答を言え、おれたちの言うことに従うか、従わないか」
――騎士たちも、山の部族たちも、クロロも、固唾を呑んで、互いのリーダー同士の話に耳を傾け、不安に苛まれていた。戦いの火ぶたが落とされるのか。やるのか、やらないのか……どちらとも付かない、行く末の読めないこの緊迫した状況に、ただただ立ち竦んでいるばかりだった。
いちばんドキドキしていたのは気の小さいクロロで、山の部族とは戦わずに別れ、早くレメロン大聖堂へと帰還したい思いで山々だった。戦闘を課されない状況に……テーブルの上の調理された食事に、雨風を凌げる建物が、恋しかった。
彼の淡い期待は、山の部族の長が、エルの言い分を受け入れることで、叶うのだった。
だが、ことは、彼の思惑には沿わない方へと動くようだった。
「断る」、と長が毅然とした口調で言い切った。「わたしたちがお前たちに差し出さねばならぬものなど、何もない、この御山も、畑の野菜も、仲間たちも、少しも譲り渡す気はない」
話し合いは……決裂した。
さぁ、これから荒っぽいことが起きるぞ、という、騎士たち及び部族たちの諦念を含んだ嘆きと、相手をやっつけようという敵愾心や闘気の入り混じったじりじりとした熱っぽい雰囲気が、広場全体に広まった。
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