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エルにとって、この切迫した状況――制圧に来た土地の、制圧の対象である相手との、争いを覚悟させる対峙は、想定されたことであり、心の準備は勿論、刃を交える準備も万端整っていた。
あの携帯型の火砲も、従卒のクロロに言い付けて持ってこさせ、今は彼の肩に、ストラップでかかっているのだった。
「話が平行線を辿るなどとは、予想していなかった」
と、エルがやや目を伏せ気味にして、声を低めて言う。
長は、意外と思うように目を見開く。
「お前たちが、話し合いで問題に決着を付けようとすることが出来るほどやさしい心の根の持ち主だとは、とても見えんが」
スゥ、とエルが息を軽く吸い、片腕をサッと後ろに回して、指でサインを作り、後方の仲間たちに暗黙の指示を授ける。
仲間たちは頷きもせずに、彼の指示を吞み込み、しかるべき時機の訪れを待つ。
「いいさ」、とエルが言い、顔を上げる。「どうせこうやって向かい合っているんだ。せこいことはなしにしよう」
長は考えごとでもするように目を細めたが、片腕を上げて、後方の部族たちに、エルがしたように、指示を出した。
「やむをえん」
「――!」
エルを始めとして、騎士たち、従卒たちがサッと剣を抜いて構える。――だが、クロロだけは、怯えて立ち竦んだままなのだった。
「かかれっ!」
エルの号令で、仲間たちはこぞって「オォ」、と鬨の声を上げ、部族たちに向かっていく。
ぶつかり合うまでは、刹那だった。
だが、上から何かが勢いよくヒュッと飛んできたかと思うと、エルたちの攻撃は瞬時に中断させられた。
何が起こったのか。
エルの仲間たちは、その場でオロオロとして、先頭のエルを――猛々しく向かっていったはずなのに、今はしゃがんで肩を押さえているエルを見つめていた。
エルは一方の手で、反対の肩を押さえていたが、肩からは出血が見られ、その肩には、矢が突き刺さっていた。
仲間たちは、しばらくキョロキョロすると、上を見上げ、「あっ」と驚きの声を上げた。
農地の広場を囲う樹木の上に、部族の一味と思しき者が複数おり、弓を構えていた。彼等はそこに潜んでいて、機を窺っていたようだ。エルたちは、ある種、落とし穴にはまったも同然のようだった。
「フン」と長は口論の時からほとんど移動していない位置で、負傷したエルを見下ろして嘲笑した。
「地の利は我々にある。あまり見くびってくれるなよ」
「貴様……」
エルは苦悶の表情でそう憎々しげに絞りだしたが、彼は具合が悪そうに震えて、その様子は、ただ矢が刺さっただけの苦悶のものではなかった。
「ただの矢ではない。毒矢だ。さぞ苦しかろう」
「くそったれ……」
そう呪って、エルはパタリと倒れた。
「さて」
長がそう言って、残ったエルの仲間たちに睨みをきかせる。
すると、騎士たちはにわかに怖れをなし、瞬く間に走りだし、広場を去っていってしまった。
クロロだけは、逃げたい一心だったが、旧友のエルを置いてはいけないという義務意識でしばらく思い留まったが、ひとりきりで部族たちのプレッシャーに晒されることに耐えきれず、とうとう逃げ出してしまった。
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