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力なく横たわるエルの肩の傷口からは、血がダラダラと少量流れ出ていた。
ひとり彼のところへ――彼への忠誠心というよりは、彼への親愛の情によって――戻ってきたクロロは、応急処置を施す必要に迫られた。
クロロは、騎士に仕える従卒であり、騎士に隷従し、日々その世話をするのは勿論、戦争があれば戦争に出たし、そうでない時は、城などで戦闘訓練にいそしんだ。
だが、彼はその小心という気質から、戦闘に対する志が低く、戦場では及び腰で、敵と対峙するとあっという間に背を向けて逃げるのが常であり、従って、彼の昇格はまるで見込みがなく、エルが持ち前の優秀さを発揮して躍進していくのに対して、クロロは、万年下っ端という具合なのだった。他の者は、そういうクロロを嘲笑して小馬鹿にした。
彼は自身の臆病さに劣等感を持っていたが、いかんせんどう克服すればいいのか分からず、日々頭を抱えていた。
今、クロロは傷付いて死にかけているエルに対して、どうすればいいのか、思案していた。救護の仕方は座学で学び、実地の訓練にも参加した。
まずは……傷口の洗浄と消毒を行うべきだった。
洗浄には、清水が必要だった。
クロロは記憶を遡り、山の道中で目にするか、耳で水音を聞いた位置の内、その場よりそう遠くないところを探り、容器を持って駆けていった。小さい滝つぼがあり、そこで流れ落ちる水を汲んで戻り、エルの傷に注いだ。
冷水で傷口を洗われてエルは、ずっとぼんやりと寝たようだったのが、眉をひそめて苦悶の表情を作り、とりあえず、彼の生存はそれで確認できたのだった。
「ちょっとの間さ。我慢しててね、エル」
充分に水を注ぐと、最初は土や泥や小枝が付いていた汚い傷口が、ある程度清浄化された。
次は消毒だった。
消毒剤は、クロロは携行してきていた。数種類の薬草の混合液が、小瓶に入っている。
クロロは、清潔な布に薬液をしみこませると、それで傷口を拭った。
エルはまたしても苦悶の表情を見せ、今度は荒く呼吸を始めた。
クロロはその様子を見て自分の仕方に効果があったと知り、嬉しくなったが、エルの赤く火照った顔に、焦燥感を煽られた。
まだ到底、安心など出来ない。
「エル、エル……」
「――クロロ」
呼びかけに、エルは応じたが、絞り出されたようにか細い声だった。
「苦しい……とても苦しいんだ」、と彼は同じ声調で続ける。「おれ……死ぬのかな」
そう呟き、地べたに横たわるエルは遠い目をする。
「死なないよ。ぼくが頑張って手当てするから」
「矢の毒が、どれほどおれの体に行き渡っているのか、分からない……」
全身に毒がくまなく回りきっていたら、
傷口の処置だけで消毒は成し得ない。
従って、外側からの処置に加え、内側からの処置もあって然るべきである。
傷口に塗布した薬草の混合液があったが、経口薬としては効果がなく、使えなかった。
クロロは、消毒作用のある食べ物を探しにいこうと立ち上がったが、今度は記憶を遡っても、思い浮かぶところはないのだった。
何も出来ず、悄然と立ち尽くしていた彼は、だが、ふと思い付くことがあり、彼がエルといるこの農地の作物を調べてみることにした。
ここに生育されているのが、殺菌作用のある野菜として知られているのと同じものか、あるいはそれに相当する類似物であれば、時間に追われて探し回る必要も、エルのそばを離れる必要も、ないのだった。
クロロは、目ぼしい草を選び、根っこより引き抜くと、畢竟、それは望ましい種類の野菜のようで、クロロは奇跡だと思った。
青い葉と茎が、白い球根より伸びており、その下は根っことなっている。
クロロは、すぐにその野菜にこびりついた土汚れを汲んできた水で洗い流すと、食べやすい大きさに球根を砕いて、渋皮を剥き、エルの口に運んだ。
エルは最初辛いとロクに噛まずに吐き出してしまったが、クロロが無理矢理口にねじこんで閉じ、咀嚼させると、エルはツラそうにモグモグし、やがて飲み下した。
野菜のキツい香りが辺りに充満し、ほとんどくさいくらいだったが、効能があると信じて、クロロもエルも、毒に冒された体に関して、いい予後を期待したのだった。
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