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エルの容態は、安定したように見えた。
クロロは彼のそばに座って、何時間と辺りに細心の注意を払って看護していた。彼の集中力はそろそろ限界に達しようとしていた。
もしも傷の手当てが誤っていたとすれば、毒矢の毒の体全体への循環が食い止められず、エルの具合は、その毒によって悪化の一途を辿り、最悪、絶命していた可能性がある。
だが、横たわるエルは、傍目には、ゼエゼエと呼吸が病的に荒いものの、睡眠しているようであり、尚その顔色は赤く、額などには粒の汗が浮かんでいて、苦しげではあったが、体の抵抗力が生きているらしいことは、ほとんど確実だった。
日はすでに、傾きかけており、草木が繁茂するこの広場は、徐々に明るさを失う趨勢に入っている。
「エル?」
と、クロロが呼びかけると、エルは、ゆっくりと目蓋を開いた。
濁った瞳が露わになり、目蓋は半分ほどしか上がらず、まだ彼は苦しんでいるのだった。
「――?」
何の用だと言いたげな表情で、彼はクロロを地べたより見上げる。
「そろそろ仲間たちのところに戻るのがいい。ぼくたちふたりだけっていうのもそうだし、この場所も、ぼくたちにとってよくない。敵がまた現れるかも知れないし」
エルは、「あぁ……」と消え消えのかすれ声で返し、クロロの提案に賛意を示した。
――だが、二人共、自分たちを見捨てて敵前より逃げ去った者たちを、仲間と呼んで認識するのに、空々しい思いが拭えないのだった。
確かにあの時、騎士たちと部族たちの対峙していた時の状況は、数的にも地勢的にも圧倒的に騎士たちにとってよくないものだったけど、騎士たちは畢竟、部族たちを支配しにやって来たのであり、試みがうまく行かず、話し合いが決裂して互いに対峙することになったのなら、刃を交える覚悟を持たねばならず、まして上官のエルを置いて、その指示もないのに一散に逃げるなど、言語道断なのだった。
クロロは、横になっているエルの肩を持って半身を起こし、その後、肩を組んで、二人三脚の恰好で並び立つ。
クロロには、エルはひどく重かった。彼は太っていないが成人男性だし、しかも軽装とはいえ、防具を装備しているのだった。
「……行くよ」
そう言って、クロロは重い足取りで、ひどいしかめ面で、広場を去ろうと歩を運びだす。
エルは、かろうじて意識はあるが、体を動かせるほどの力はまだ回復しておらず、完全にクロロに引きずられていかないと移動できなかった。
エルは確かに重たかったが、クロロが諦めるほどではなく、彼は奮起して、しばらく歩くことと息を整えることを繰り返し、苦しい道を、退避のために進んでいった。
行きながら、クロロは思わず涙ぐんだ。何でこんなに心細い思いに苛まれないといけないんだろう。何でエルは死ぬほど傷付いて苦しんだ上、見捨てられないといけなかったんだろう。
自分が目下嘗める苦行のツラさよりかは、むしろ旧友のエルへの同情の方が、クロロには堪え、いっしょにやってきた、薄情な騎士たちへの憤りが、彼の額にギュッと集まってその表情を険しいものにしている数々のしわの源になっていた。
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