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エルを引きずって山道を苦労して行くクロロは、普段の鍛錬にも関わらず、あっという間に青息吐息となった。
確かに、どれだけ屈強な士であっても、防具を付けた成人男性を人力で運ぶのは容易ではない。まして、ひとと比べて特に体力の優れているわけではないクロロには、その苦難はひとしおだった。
更に、彼には、どこへ行けばいいのかという疑念が湧いて出てきた。
無論、仲間たちのもとへと行けばいいに決まっているのだが、エルを見捨てた連中のところに平然とした顔で戻れる気がなく、更に、仲間たちが、キャンプにきちんと戻って留まっているのか怪しかった。
旧友と肩を組んでいるとはいえ、彼はまだまだ重態で、意識不鮮明であり、クロロは、ただでさえ頼りないのに、ほとんど孤立無援で、みずから何か有意に動こうとすることが出来なければ、誰かに助けを求めることも出来ず、今にも泣きだしたい子供じみた不安感を押し殺して、歩を進めていた。
「ハァ……ハァ……」
とうとうクロロが戻ってきたキャンプは、全て引き払われ、ひとの気配は絶えてなく、ひとがいたと思しき形跡だけがかろうじて残っているばかりだった。
雨を防ぐ幌は外され、辺りの地面に、食べかすやゴミが散らかっている。
ひどい虚脱感が、クロロに襲い掛かり、彼は軽い目まいがするようだった。
アイツらは、大変な目に遭った自分たちを勝手に帰っていったのだ……クロロは、恨めしい思いで、そう推測した。
クロロは、エルと共に、ゆっくりとその場に膝を突き、楽な姿勢を取ると、深呼吸を繰り返した。
スゥ、ハァ、スゥ、ハァ……。
ふと、橙色の夕陽が差す、彼等のいる峠に、サッと人影が、舞い降りた。
クロロは特に驚くこともしないほど、失望に打ちひしがれており、俯いていた彼は顔を上げると、現れた人影が、目の前に立っていた。
極彩色の衣服……山の部族の一味の、男だった。
口を利かない上、鼻がやや上を向いていて猿人のように見える彼は、クロロたちを腕組みして見下ろしていた。
「――死にぞこないめ」
そういう声が聞こえたかと思うと、新たに人影が現れ、男の隣に立ち、彼は、背中に向かってカールした白髪頭のあの、部族の長と思しき者だった。
クロロは、万事休すと、死を覚悟したが、彼が怯えて見つめる長の目には、農地の広場で対峙した時の殺気は認められないようだった。
――長は長で、完全に戦意喪失して力なく膝を突いているクロロと、彼がひしと肩を組んで大事そうに離さないエルのふたりを見て、同情じみた敬意が、湧いてこないでもないようだった。
「死命を制した上で、さて、どう断じてやったものか……」
長は顎に手をやって値踏みするようにクロロたちを暫時見下ろすと、隣の男に指示を出し、その場をちょっと退いた。
男はそこに移り、かがんでクロロと面と向かい、クロロがぼんやりしている内に、みぞおちに拳を一発ねじ込んだ。
すると、クロロは失神して目の前が真っ暗になり、男の肩に頭を預ける恰好になった。
その時のことを、クロロはほとんど覚えていない。後に残ったのは、意識を失うまでの刹那、力が抜けそうになっても、決してエルは渡すまいという意気を執念で維持し続けたことと、それまでやまずにあった悲しさと怒りの感情のなごりばかりだった。
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