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仮に殺傷を試みた当人が、みずからが手をかけた虫の息の相手の救護をするというのは、支離滅裂というものだろう。結局相手が救われることになるのなら、初めから手をかける必要など、なかったのである。
山地の奥の、谷間の見下ろされるある地点に、洞穴があった。出入口の高さは、成人の平均身長とその半分くらいで、巾は、ふたりが若干の余裕持ってすれ違えるほどだった。出入口からは、太陽の届かない岩石の空洞が吐き出す冷たい空気が漂っていた。
男がひとり、尻を付いて座っているが、どこか気怠そうで、時々あくびしている。洞穴へのひとの出入りを管理する見張りのようだが、その意味があるのか、彼の緊張感のない様子は、疑わしいという印象を与える。
彼のそばには木の棒の先端に、蔓で石を打ち欠いて製作した刃物を括り付けた、槍のようなものが、転がっている。
男がきちんと警備しているのかしていないのか、あまりはっきりしないその洞穴の奥では、ある話し合いが行われている最中だった。
山の部族の、この山地に点在する住処の内のひとつであるその洞穴の中では、集めた薪で火が焚かれ、その周囲に、ひとが円を成して胡坐をかいていた。
話し合いで交わされているのは、謎の言語であり、だが、世に普及している種々の言語と変わらず、身振り手振りや表情などをまじえて、部族たちは、物事を分かりやすく解き明かしたり、感情表現したりするのだった。
洞穴の一隅の、焚火の明かりが微かに届く程度のところには、手首を縛られたエルとクロロのふたりがいた。エルは横たわり、クロロは、座っていた。
ふたりとも、身ぐるみをすっかり剥がされ、下着同然の恰好だった。
エルは、熱っぽい様子が見え、しばしばうめき声を上げ、まだ苦しいようだった。クロロは、しょんぼりと俯いて、わけの分からない言葉による話し合いを傍聴していた。
クロロには、話し合いがうまく結論まで運ばれているのか、平行線を辿っているのか、皆目見当が付かないのだった。
彼等は完全に部族の手に落ちて、捕らえられていた。
クロロがほのかに確信を持てたのは、部族たちの行っている侃々諤々の討議に関するもので、きっと自分たちの処遇は、この討議の末に決まるのだろうと、彼はぼんやり予測した。
長を始めとして、部族たちに殺気はほとんど感じられなかったが、互いに敵対した立場である以上、温情的に取り扱ってくれると期待するのは、愚かだと、クロロは冷然と悟っていた。
その長が、やはり討議の場をしきっていて、彼の一声には、話の流れを作ったり変えたりする力があるようだ。
ため息も出ないこの窮境で、クロロは唇を噛むことで不安を和らげる試みとした。
あるいは……とクロロは想像した。
あるいは、自分たちは、猟奇的になぶり殺され、散々痛め付けられ、弄ばれた上、命を取られるかも知れない。野蛮人たちは所詮野蛮であり、どういう蛮行をしでかすか分かったものではない。
だが、心の隅でクロロは、部族たちの恩赦に対する祈念じみたものを持っており、その祈念は、決してあてずっぽうなものではなく、ひとりの部族の男の瞳に対して彼が抱いた、漠然とした素朴さ・やさしさ印象が、その根拠となっているのだった。
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