第346話
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城下町グルンシュロスの花屋で店員として働く少女エルマは、基本的に閑散期である冬の間、仕事の傍ら、色々と思い悩んでいた。
日に日に強まっていく城下町の兵団の騎士・兵士たちの存在感と威圧感は、エルマにとって決して好ましいものではなかったが、最も彼女にとって悩ましかったのは、長く懇意にしている、花屋と協力関係にある薬屋の主人、レックスの(そうだと明らかにされたわけではないが)失踪してしまったことだった。
彼が行方不明になって以後、彼の店は、エルマの見知らぬ、兵団の騎士と思しき装いの者らが占拠し、商売を引き継いでいる。レックスがいる時にはあった店同士の互恵関係は、彼の不在によってすっかりなくなっていた。
エルマは、レックスの口にしたある噂のことがずっと気がかりだった。
それは、城政への反逆者を懲らしめる際に使われる薬品だった。かなりの毒性があり、致死量を与えられて反逆者は絶命するのだという。
薬品が液体なのか個体なのか、エルマにはまるで想像が付かないが、薬品そのものよりは、むしろレックスの口にした噂の、当時持っていた――あるいは未だに持ち続けている価値の方が、彼女にしてみれば関心が大きかった。
ひょっとしたら、レックスは、迫ってはいけない真相に迫ったことで、目を付けられ、拉致などされていなくなったのではなかろうか、と、エルマは推理した。
城下町は平和だし、衣食住に不自由することはない。ただし、軍人たちによる恐るべき独裁政治を容認し、支持する場合に限られるが。
町民の生活は、物質的な不足はないものの、制約が幾つかあり、煩雑で、面倒だった。たとえば教会への礼拝が増やされるなどし、怠れば、懲罰が課されるのだったが、そういった決まり事を決定する政治的機関は、独裁によって成り立っているのであり、そこに町民の意思が介入することはなかった。
その状況を変えんがため、有志が立ち上がり、政権を強奪しようという目論見で、城への奇襲を図ったことがあったが、玉砕し、奇襲に参加した者は公の場で処刑された。
レックスをいなくならせた何かは、確かにエルマにとって気がかりだし、一体どういうものなのかという関心を惹き寄せてやまない。
だが、迂闊に近付いてはいけないもの、警戒して関わり合いを持たないのがいいものは、世の中に必ず存在し、レックスの噂も、とどのつまりそういう類のものではないだろうかという推測が立った。
独裁政治による平和は、物質的な豊かさだけを偏重し、その点だけに終始している。精神的な豊かさは、自由な風土のもとに育つものだが、グルンシュロスは、それが許容する以上の人々の自由や権利などを断固として許さない。
バルビタールより兵が送られるようになり、軍人が巾を利かせるようになる以前は、そういう健全な自由は存在し、エルマを含めてその時代を知る人々は、不明瞭な事情による政変に戸惑った。だが、彼等の中には、唯々諾々と上層部の言うことに追従するように順応を果たした者が少なくなく、依然として不服の思いを抱えるエルマなどの少数者は、日毎に味方を失い、徐々に厳しい立場へと追い込まれていくのだった。
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