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エルマにとって、劇物とされる薬品の噂は、レックスの口を通して伝えられたものであり、そのレックスは噂について、また他の者の口から耳にしたようだった。
噂はそもそも、グルンシュロスの全体に流布していた。出所など分かったものではないし、噂というものは、口伝されていくにつれ、人々の気まぐれな創意によって微妙に真相を変化させていくものであり、城政に不服従であることを示した者は、それらしい罪を着せられ、懲罰を受けることとなるのだが、劇物によって中毒死させられるということがまことかどうか、確かめようがないのだった。
冬季が終わって春が訪れ、輝かしい太陽の光とポカポカ陽気に花々がほころびだし、花屋は盛んに商品棚に、次々と咲いていく花々を並べた。
閑散期だった冬季と比べて、どっと仕事量が増え、店員のエルマは母と共に日々の勤めにてんてこ舞いだったが、母が集中して精勤するのに対して、エルマはどこか上の空で、考えごとが常に頭を離れないようだった。
噂について、何でもいいから知りたいという欲求が、日々を過ごしていく内に、エルマにおいて昂じていった。だが、一方で、安易にそのことについて口にすれば、自分の身をもってその噂の真相を確認することになりかねないという怯えがあり、彼女の中には、葛藤があった。
ある日、よく晴れた春の日の夕方のことだった。
朝からずっと繁多だった客足が、日が傾く頃に落ち着き、ピリピリしたような多忙の空気が薄らいで、比較的ゆっくりと過ごせるようになった頃合いで、エルマの姉のアリサが、友人のリーザを連れて帰ってきた。
店のガラス窓を通ってくる夕陽が、床に斜めに橙色の線を引いている。
「ただいま」、とアリサは、店先の鉢植えの間を抜けて屋内まで来て、言う。
「こんばんは」、と、彼女の後ろに付いているリーザが会釈と共に挨拶する。
「こんばんは」、と商品棚の整理をしているエルマは返す。
「お母さんは?」、とアリサ。
「お花摘みで、畑に行ってる」
「そう」
「今日は、リーザさんはどうされたんですか?」、とエルマが彼女に目を向ける。
「特に用事という用事はないんだけどね、いい季節になったから、どういうお花が置かれているのか、気になって来てみたっていうだけ」
「そうですか。大半は売れてなくなっちゃってますが、ご自由に観賞していってください」
「ありがとう」
――エルマが商品の整理や、その日の売り上げの勘定などをしている間、アリサたちは、まだ営業中だが、ガラス窓のそばに椅子を置いてゆったりと座り、くつろいでいる。
二人とも、お茶を飲みながら、学校でのことを話していた。彼女等の口数は少なく、疲れた様子で、たまにため息を吐き、だが、そういうシーンはエルマにとって、最早珍しいものでもなんでもなく、城下町の圧政は、それに与したくない人々のエネルギーをいたずらに消耗させているようだった。
そろそろ切り上げてもいいくらいに、その日の業務が終わりに近付いてきた頃、エルマは彼女等の沈んだ様子に共感を覚え、あるいはあの噂について口にしてみてもいいのではないだろうかという思いがふと浮上してきた。
タイミングを窺う必要がないほど、アリサとリーザの途切れがちな会話の間の沈黙は重かった。
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