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「ねぇ、お姉ちゃん、後、リーザさん」
と、エルマがふと口にしたことで、ふたりはきょとんと振り向いた。
チュニックの上に作業用エプロンを着けたエルマは、両手で腹部の辺のエプロンを軽く握り、俯き気味で、何かためらっているようだ。
アリサは、妹が何を告げるのかじっと待っていたが、やがて痺れを切らし、「どうしたの」、と訊いた。
「黙ってないで、何か言いなさいよ。何か話したいことがあるんでしょ」
エルマは顔を上げたが、目に入った窓ガラスの向こう側に、いかめしい人相の警吏が通っていくのが見え、窓のカーテンを閉めた。
室内が暗くされ、ほとんど何も見えなくなる。
暮れなずむ春の夕べの情緒に浸っていた女学生のふたりは、索然としてくるようだった。
エルマは、オイルランプを持ってきて、彼女等のそばのテーブルに置き、レンガのかまどに焚かれた火を細い薪に取ると、ランプに移した。
ぼんやりとした灯火のあかりが、辺りにふわっと広がる。
「他のひとに聞かれるとまずいことなんだけどさ」、とエルマ。
その一言で、アリサとリーザはうっすらと彼女の意図が分かったようで、それまでくたびれて弛緩していたふたりの顔が、少女の内緒話にまじめに耳を傾けようという思いで、ある程度引き締まったように見えた。
行政の権力で統制されているはずの情報を個人間で交換するのは自由だが、決して公認されたものではなく、実際にはそのことが明るみに出れば、軍の者に連行、拘束され、長時間の尋問と、場合によっては、拷問まで受けることになるのだ。
「というと」、と姉。「エルマが話したいのは、きっと、城下町の秘密にかかわることなのね」
妹は、コクリと頷く。
白いカーテンに、人型の影がぼんやりと浮かぶ。内緒話を囁き合う彼女等三人の影だ。
エルマの切り出した話題に、女学生たちは嫌な思い出があり、それぞれ表情が陰った。
冬の本格的に始まる時期、御触書が町に出され、公開処刑が行われる予定が公示された。町民は処刑の観覧への参加が義務付けられ、政権打倒を目論んだ反逆者の主犯数名が、当日処刑台で命を奪われた。処刑は惨たらしいものだったが、それには見せしめの意味が多分にあるようだった。
「レックスさんから聞いたの。彼によると……」
エルマは、反逆者への懲罰のために用いられると言われるある毒物らしき薬品について口にした。それを飲むことで、顔が真っ赤になると同時に高熱が出、死に至るというものである。
エルマの話を聞いて、アリサは手のひらに反対の腕を立てて頬を持ち、腑に落ちないというように唸る。
「そんな噂、わたしは聞いたことないけどなぁ」
リーザはというと、お腹の辺で手を組み合わせ、難しい顔で、記憶を遡り、考えている様子だった。
「顔が赤らんで……高熱が出て……」
リーザには、ひとつの苦しい経験があった。
ここ城下町グルンシュロスへと勉学のために逗留することに決まり、故郷のゲールフェルト村より旅立った時の、長い旅の終わりに近い頃のことだった。リーザのために、馬車が出され、執事のコンラートが馭者として付き、その他エスコートとして、ブルーノという男が臨時で雇われた。ブルーノにはフリッツという少年が伴われていたが、彼等は兄弟ではないようだった。
旅の途中、緊張感が漲る場面があったが、一行はおおむね順調にグルンシュロスまで来ていた。だが、グラス街道の石橋の彼方に、城郭に囲われた城の尖塔が見えだした頃、異変が生じた。
リーザの顔が妙に赤く火照り、具合が悪そうなのだった。
――あの時のことが、エルマの話をきっかけとして、思い返された。
結局あの時は、フリッツの持ってきたひどくまずい薬を飲んで回復したが、果たして薬に処方される必要があったのかどうか、後になっては定かではない。あるいは慣れない旅のストレスによる一時的な疲労状態に過ぎず、処置がなくとも、自然に治ったかも知れない。
エルマの話にある薬品による症状と照らし合わせると、リーザにおいては、自身の経験と被るところがあり、だが、彼女は薬品を飲むことで高熱と顔の火照りに悩まされたわけではなく、そのふたつの事象の間に、きっと関連性はないのだろうと思った。
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