***
城下町グルンシュロスでの人々の日々は、低調に過ぎていった。
騎士たち、兵士たちが意気軒高としている一方で、庶民は制約の多い暮らしにうんざりし、小心翼々としていた。
宗教の宣伝は、軍人たちの活動に比例して盛んであり、あちこちで教会が建立され、改築され、毎日工事の仕事が絶えなかった。
城下町の景気は、教会や聖堂や、その中に飾られる、あるいは街角に設置される像などを始めとした宗教的施設、宗教的モニュメントの新たな建設と、改・増築と、解体を担う土木事業を中核としていた。勿論、戦争での略奪や、侵略した領土より吸い上げられた人的・物的資源が経済の維持・発展に寄与する部分が大きかったが、しょせん戦争というのは、持続的な産業とはいえず、実際のところ、堅実に、健全な形で仕事とひとと金銭が動く産業の内、一番規模が大きいのは、土木事業なのだった。
さて、リーザは学生として日々、修道院学校に通い、様々な学問に献身し、知識と技術を身に付けていったが、ある日――その日は学校が休みの日だった――彼女の逗留している、農地っや放牧地として利用される傾斜地にある伯父夫婦の家に、訪問者がやってきた。
まだ太陽が空のいただきに至っていない、朝のことだった。
リーザは学校が休みということで、彼女の個室としてあてがわれた屋根裏部屋のベッドで大の字になってぼんやりしており、訪問者の対応は、下で過ごしている、彼等もやはり有閑人であり、家事の他、特にやることのない伯父夫婦がすることになった。
リーザには、物音や人声で、誰かが来たことが察せられた。
誰が来たのか、特に興味がないし、それまで来た訪問者の内ひとりとして、余所者の彼女と関係性がなかったことから、リーザは誰が来ようと、あえて気にすることもなかった。
だが、ドクン、ドクンと、静かな中で、心臓が鼓動を打つ音だけが、自分の体より響いて来、しばらくして、少女は、虫が知らせていることが分かった。
脳裡にあるのは、前に行き合わせた黒いローブの、スキンヘッドの男の相貌で、彼は彼女のイメージの中で、あの瘢痕に半ば覆われた顔で、口元を不気味に緩めていた。
リーザは体を起こし、ベッドを下りると、部屋の扉を軋まないように用心して開け、そっと階段の下に神経を研ぎ澄ました。
すると、誰かの階段を上がってくる音がし、それが、聞き慣れた伯父でも伯母でもない足音だったので、直感がして、彼女は急いでベッドの下に潜り込んだ。
やがて、部屋に入ってきた者の足が見えた。長い革靴。足元まである衣服が、揺れたり、靴に擦れたり、風をはらんでふわっと膨らんだりした。
リーザは男のまとっていたローブが自然と思い出され、まさか彼が来ているのかと驚きと共に思ったが、足元しか見えないので、確証はないのだった。
謎の人物は、扉付近でそわそわすると、やがて階段へと戻り、下りていった。
彼女は安全を確認すると、隠れるのをやめてベッドの下より這い出た。
なぜ隠れたのか、リーザはみずから疑問に思った。たとえ知らない人が上がってきたとしても、うやうやしく挨拶すればいいだけのことではないか。まるで自分にとってよからぬ敵が近付いてくるというように、逃げて隠れるほど、どうして怯えなければいけないのか?
やけに静かだった。鳥のさえずりが、傾斜地の畑で叫ぶ農夫に声が、遠くに聞こえた。
春の麗らかな休みの日の朝。だけど、何かが調子っぱずれのようで、奇妙だった。
***