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花屋の娘エルマが、協力業者の薬屋のレックスという人物を通じて知った噂にある劇物が、どういうものなのか、噂においても、全容は明らかではない。
即効性があるのか、時間の経過を待たねばならないのか、真相は不明だった。
謎の訪問者をやり過ごした女学生リーザは、ホッと安堵して、階段を下へとおりていった。
叔父夫婦にいったい誰が来ていたのか訊いてみよう――そういう思いでリーザは一階の部屋まで来た。
「伯父さん、伯母さん。今、家に来たひとって……」
てっきり彼等が部屋でくつろいでいると踏んで、彼女は、まだ目も合わせないところから気軽に口を開いたが、言葉はそこで途切れた。
部屋に、ひとが倒れていた。ふたり。間違えるはずもなく、彼等は、リーザの伯父夫婦なのだった。
「……!?」
彼女はギョッとし、目を疑った。
彼等はくつろいで横になっているようには見えず、完全に打ちのめされた格好で床に転がっている。
「……リーザ」
「伯父さん!」
リーザは彼のもとへと駆け寄り、顔のそばにかがんだ。
伯父はずいぶん苦しそうに顔を真っ赤にし、呼吸が荒く、目は視界を失ったように明後日の方を向いている。
伯母の方はというと、彼女も無造作に横になっているが、完全に事切れていて、床に髪が散らばっており、その命は風前の灯のようだった。――やはり伯母の顔も赤熱しており、彼等の負っているものが、通り一遍の具合の悪さではないことは一目で分かった。
「……リーザ……逃げなさい……今すぐに……」、と伯父が息も絶え絶えに警告する。
「何、どうしたっていうの?」
リーザはにわかに混乱して慌てたが、伯父夫婦の容態が悪いことだけは確信が持てた。だが、彼女がどれだけ聡明だとしても、どうすれば救えるのか、具体的にはまるで分からないのだった。
「やつらが来たんだ……『光』の者たちが……」
「えっ……」
屋根裏部屋のベッドの下より見えていた、足元まである黒いローブが思い返される。また、顔に瘢痕があり、スキンヘッドのあの男の相貌も。
「やつらは……お前を探していたんだ……わたしは留守にしているといったが、家に押し入ってきて……ひとりはお前の部屋のある屋根裏まで上がっていき……後はわたしたちを拘束して……わけのわからない……死ぬほど苦い飲み物を飲ませた」
「――!!」
リーザの頭で、符合するものがあった。今、目の前で倒れている伯父夫婦の衰弱した容態、そして、エルマが伝えた噂にある劇物を飲まされた者たちの、噂において伝えられる惨い最期。
「やつらがなぜリーザ、お前を探していたのかは分からない……やつらは理由を教えようとしなかった……」
そこまで言うと、伯父は激しく咳き込んだ。彼の口から飛んだ飛沫の中に、血が混じっているようで、床に赤い粒が点々と付着した。また、懸命に話をする伯父の口から、口臭とは異なる、薬物臭というような苦いにおいがし、嗅いでいると、リーザは自分まで苦しくなってくるようだった。
「リーザ……」
「待って、伯父さん。わたし、今すぐ薬屋さんを呼んでくる。苦しみを和らげる薬を貰って飲んで。きっと楽になる」
「どうだろうか……わたしはすでに弱弱しい老いぼれの身……女房はもうダメだろう……わたしもきっと……」
リーザは、涙目で首を左右に強く振り、「伯父さんたちまでいなくなっちゃダメ!」、と叫んだ。「わたしは、お父さんもお母さんも、執事のコンラートも失ったのよ? その上何で伯父さんたちまで失わなきゃいけないわけ?」
「リーザ……ひとを見舞う運命というのは……往々にして残酷なものだ……わたしたちが何かを勝ち取って、保存していこうとしても……運命は簡単に奪い去っていく……」
その言葉に、リーザは悔しさを感じ、拳を握り締めた。
「だが……信じなさい、リーザ……苦しい時ばかりが続くわけじゃない……いつか幸福に恵まれると信じて……今を精一杯生き延びるんだ」
伯父の震える手を、リーザは両手で包み込むように握り、伯父が彼女に頷きかけて、微笑み、静かになると、彼女は哀憐と共に手をほどき、家を脱け出した。
薬屋に行かなければという義務感を持って、リーザは行くべき方向を定めようとしたが、この圧政の悪夢に覆われた城下町で、果たしてリーザが望む薬がすんなり手に入るのか、彼女は、あまりいい展望を持つことが出来ないのだった。
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