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リーザは薬屋に急いで向かおうと思ったが、薬屋までの距離は、そう短いものではなく、伯父と伯母を襲った凶漢が付近をうろついている可能性が否めない以上、あまり目立ったことは出来なかった。
とりあえず、家にあるローブを取って来、頭からすっかり纏って顔を晒さないようにした。
床にぐったりと横たわる夫妻は、尚顔を真っ赤にしており、呼吸している動きを見せてはいるが、長くは放置出来ないくらい悪い容態であることは明らかだった。
時は夕。日暮れが迫っており、日没と同時に、あらゆる店は閉まる。リーザは、悠長にはしていられなかった。
彼女は、ローブを首のところで握り締めて歩き、視界をあえて狭め、しかし周りへの注意は常に鋭く保っていた。周りがローブに遮られてよく見えないのはストレスになったが、安易に顔を露出させるわけには、追われている立場である彼女は、いかないのだった。
しかし、どうしてだろう――と、リーザは疑問に思った。
どうして、『光』の者たちが自分を探しに、わざわざ家までやってきたのだろう。
彼女の思い当たることといえば、あの男との邂逅であった。
真っ黒のローブを纏い、顔の広い範囲に痛々しい何かの損傷の痕を付けた、あのスキンヘッドの男である。
あの時リーザは確認しなかったが、彼はきっと『光』に所属していて、今回、どういうわけか、仲間を連れてやってきたのである。
リーザは彼とすれ違いざまにぶつかった。お互いに謝り合い、別れたが、後に再会し、家族というものを巡って、短い、どこか緊張を孕んだ対話を交わした。
男は家族がいないようだった。だが、彼曰く、元々みなしごなどだったのではなく、事情があって失ったようだった。
夕闇が濃くなっていっているのが、足元の光の濃淡でうっすらと分かる。リーザは、目立たないように走ることはせず、だけど、出来る限り早く歩いて、町の薬屋を目指した。
ふと、周りをキョロキョロしてみると、開けた傾斜地のある方向、その遠くに、黒いローブ姿の者が数人、密に寄り合い、何か話し込んでいるのが見えた。
リーザはにわかに肝を冷やし、彼等と目が合わないように正面に向き直り、無闇にキョロキョロするのは慎もうと思った。
そして今更、自分がひどく心細いことを思い知り、途轍もない不安に駆られるのだった。
彼女は、彼女が伴ってきたひとたちの面影を思い浮かべた。執事のコンラートに、旅人のフリッツとブルーノ。飛脚のオットー。
彼等が今彼女のそばにいるとすれば、どれだけ心強いことだろう。彼等は皆、リーザを名家の令嬢と知り、きちんと立場の相異を弁え、丁重に扱ってくれた。
フリッツとブルーノは、彼女の護衛の任を解かれて、元々やっていた旅人の旅へと戻り、どこへ行ったのか分からないし、執事のコンラートは、蛮人か何かになぶり殺しにされるという不運に見舞われた。オットーは……リーザはよく知らなかった。ゲールフェルト村に彼と旅して戻ってきて以降、町角ですれ違うくらいしか互いに顔を合わせる機会がなく、オットーが今どういう生活をしているのか、まるで分からない。
今度は、城下町でのリーザにとっての庇護者である伯父夫婦が共に倒れ、危機に瀕している。
伯父たちを失うことを想像すると、リーザは、気が遠くなりそうだった。まだ父母の行方さえ知れないのに、伯父たちまで、自分が全く知る由のない事情によって奪われるなどということになれば、彼女は、頭がおかしくなるのではないかとおそれた。
胸がドキドキし、冷や汗が額に、首に、腋に滲んだ。口がカラカラに乾き、気持ちが悪かった。
神様など、いないのではないだろうか――日頃謹直に、あるいは家で、あるいは教会で、礼拝する彼女は、いぶかしく思った。敬神と崇拝の念が足りないにしろ、欠かさずに儀礼に励む信心者への報いとしては、家族のことも、コンラートのことも――今回の伯父たちのことも――極めてひどいものだと言わざるを得なかった。
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