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田畑や牧場ばかりののどかな傾斜地を舗装された街路に入り、アーチのトンネルを潜って、坂道を下り、建物がゴミゴミと連立する通りを歩いて、リーザは、とうとう目当ての薬屋の近傍まで来た。
夕闇は濃くなり、宵闇で暗い道路に、残照の橙色が淡く差している。
リーザが目指してきたその薬屋は、医薬品の研究者であるレックスがかつて切り盛りしていたものであり、薬屋が、彼女の学友であるアリサの住む花屋と協力関係にあることは、話を通じてうっすらと知っていた。
――そこは、過日リーザが急な体調不良を患った際、護衛として雇われた少年、フリッツが彼女の治療のために城下町をかけずりまわった末、至った薬屋であり、彼女は城下町に移り住んで以来、足を運んだことはなかったけど、リーザとその薬屋とは、そういう因縁があるのだった。
その時すでに、レックスの薬屋はレックスのものではなくなっており、彼はいずこかへ連れ去られ、店舗は『光』の手に落ちていたが、リーザはまだそのことは知らないのだった。
もう遅いことが残照の淡さで推知され、少女はにわかに心細くなり、まだ薬屋はやっているのか、伯父たちはまだ生存しているのか、ひとりで夕闇に佇んでいて、誰かに襲われはしないか、などと心配になった。
だが、ぐずぐずしている猶予はなく、人命を救うには一刻を争うのだった。
リーザは小さい心臓をドキドキさせながら、薬屋の扉を開け、「ごめんください」、と哀れで頼りない声で挨拶した。
入店した途端、彼女はドキリとし、大きな失望が襲った。
店内にいるのは、彼女が予測したような、眼鏡をかけるなどして内向的な印象を与える白衣の薬屋の姿ではなく、彼女が怖れ、怯え、それから逃げ、それを避けようとしてきた黒い装束の男たちなのだった。
彼等の内、ある者は商品棚の整理をし、ある者は台の上で薬草を薬研でゴリゴリ研ぎ、ある者は、接客用のカウンターテーブルに両腕を伸ばして、彼はまるでリーザを待ち受けていたかのようだ。リーザが入ってきた時、彼等は総じて彼女の方を向いた。
「いらっしゃいませ」、とカウンターのひとりが言うが、愛想などまるでなく、陰険さを滲ませている。
「あ……あ……」
リーザは閉じた扉まで後退りし、背中をピタリと付け、わなわなと膝を震わせ、今にも振り返って逃げ出したい気分だったが、男たちの鋭い眼光に射止められ、すっかり竦んでしまったようだ。
「お嬢様のことは存じております」、と彼。「きっと来てくださるだろうと思って、心待ちにしておりました」
「罠、だったってこと……?」、とリーザ。
「滅相もございません。出来れば我々がお嬢様をお迎えに上がるつもりでしたが、運悪くご不在だったようで」
「あなたたちは、伯父さんたちに、毒を飲ませたのね」
「毒などではございません。伯父さま方は高齢でご調子が悪いようにお見受けしましたので、薬を処方させていただいた次第です」
「嘘!」、とリーザは激昂して叫ぶ。「伯父さんたち、高熱で苦しんで死にそうなのに!」
ニヤリと、黒装束の男たちがこぞって笑む。
リーザは、全身の力が抜けるようだった。彼女は、最早逃げられないに違いないと悟った。どういう処遇になるにせよ、彼女の自由と尊厳は無残に剥奪され、どういう形でかは知る由もないが、『光』の企みに利用されるのだろうと予測された。
ペタリと、リーザはその場に膝から崩れ落ち、捨てられた人形のようにぐったりとした。
希望を失った瞳は、ほとんど乾いていたが、悔しさか、あるいは悲しさか、一筋の涙が、頬を伝って流れた。
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