***
アリサがその異変と違和感に気が付くまで、そう時間は要しなかった。
修道院学校への通学は連日のことであり、学校に行けば、同級生であるリーザの顔を見ることになる。リーザが明るい時もあれば、沈んでいる時もあり、その日によって気分が大なり小なり違うのは、他の者がそうであるように、彼女においても同じなのだった。
ある日、リーザが欠席した。彼女は決して病弱な体質ではなく、決まった時間に遅れずきっちり登校してくるような、謹直で堅実な、信頼出来る性質の持ち主であり、そういう生徒の欠席は、やはり彼女の人となりを多少でも知る者にとっては、意外なことであり、だが、誰でも具合が悪い時や、都合が悪い時があるもので、特に疑念が持たれるわけではなかった。
アリサもそういう日もたまにあるだろうという風に受け取り、彼女の不在を必要以上に考えなかった。
ところが、リーザの欠席が一日に留まらず、二日、三日と続き、しかも教師が、リーザの保護者と一向に連絡が付かないという報告を生徒にすると、あちこちで、気付かれないほど小さな声で、城下町の不穏さを根拠にした憶測がヒソヒソ囁かれ、アリサは、いよいよ事態の異常さが認識されてくるようだった。
アリサの脳裡に、薬屋の主のレックスの失跡がフラッシュバックしたが、互いに関連性がないことを、アリサは強く祈った。
穏やかな晴天の続く春の日々に、見えない暗雲が漂い流れてくるように、アリサは不安に襲われた。
「――最近、リーザさん来ないね」
と、妹のエルマが言う。
花屋にて、ある日の夕べ、アリサが学校より帰宅した後の、客足の疎らになった、のんびりした頃合いだった。人気でよく売れるシャクヤクのピンクの売れ残りが、商品棚にあり、八重咲の見事なその咲きっぷりを、アリサはぼんやりと、椅子に座って見ていた。エルマは軽作業のため、店内を行ったり来たりしていた。
「ずっと学校休んでるのよ」、とアリサ。
「風邪?」
「風邪かなぁ。分からない」
アリサは、シャクヤクを眺めているようで、どこか心ここにあらずという感じだった。
「分からないって? すっきりしない返事ね」
エルマがきょとんとし、作業の手を止め、姉を怪訝そうに見つめる。
「アンタ、リーザと馬が合うみたいだから、店に来なくて寂しいのは分かるけど、わたしだって同級生で、リーザがどうしてるのか寂しいし、気になってるのよ」
「何かあったのね」
「……と思う」
アリサもエルマも、目を伏せて、互いに同じ不安とおそれで共鳴する。
「レックスさん、いたじゃん」
と、アリサが考えるための沈黙の時間の後、切り出す。
「いたね」
と、エルマは、彼とずっと師弟に似た昵懇の間柄だったのに、どこか無感情に返す。
「わたしさ……」と、アリサは言いかけるが、口籠り、小さくかぶりを振り、「ううん、やっぱりいい」、と結ぶ。
エルマは、流し目で姉の顔色を窺い、憂色に染まっているのを見ると、目を元に戻し、しょんぼりする。
城下町を覆うようになった見えない暗雲は、確かに町のそれまであったのびのびした雰囲気を次第になくしていき、どこか不自由に、息苦しいようにしていったが、友達、家族などの間では、まだ温かで安らげる時間が命脈を保っていたはずだった。だが、この城下町グルンシュロスを、そしてまた、この城下町を覆う地方全域、ひいては世界中にまで広がろうとする覇権への意志は、暗流として次第に、この城下町という肉体の、健やかな血が届く末端にまで、徐々に及ぼうとし、その病毒で侵そうとしているようだった。
***