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あまりにも小規模の村だと、宿自体がなく、民家を訪ねて泊まらせてもらえないかと交渉しなければならない場合がある。
確かに、それはひとつの不安ではあった。
だが、結局雨風を防げる屋根と壁のある建物で夜寝られるなら、宿であろうが、民家であろうが、ぼくからすれば、どちらでもよかった。
「着きましたよ」、というコンラートの声に、ぼくはうとうとしかけの目を、ぱっちりと覚まして外へ転じた。
くたびれた馬が重たい足を運んでようやく至ったのは、そこそこ栄えているらしい村だった。点在する木々と、柵に囲われているが、出入口はたいまつを両脇に開いており、馬車はその間を通っていよいよ入村というところだ。
「旅の者ですが」、とブルーノが槍と防具を装備した警備の番人に言う。
「どちらから?」
「ゲールフェルト村から」
「どういう目的で?」
「一晩過ごすだけです。明日には発つ予定です」
「分かりました。どうぞお入りください」
村に入ると、まず、風車が回っているのが見えた。塔の上部でクルクルと、風の流れを受けて緩やかに回転しているのだった。何かの動力を生んでいるのだろうが、何に使われているのかは分からない。
何にせよ、風車という比較的高度な構造物があるということは、この村がある程度発展していることの証であった。田畑しかない村もあって、そういう村だと、先述したように、産業の発展があまり進んでいないので、宿屋の経営が行われていないというおそれがあるのだった。
「けっこう大きな村ね」、とリーザ嬢。
「そうですね」、とぼく。「ぼくらのいたところよりは、大きいのではないでしょうか。少なくとも、風車みたいなものはなかったと思うので」
「どんなところなのかしらね?」
「あちこち見て回りたいところですけど、時間が時間ですからね」
時はすでに日暮れだ。たそがれの夕闇。村民の営みはそろそろ終わりという頃で、思うに交代なのだろう、装備を整えた夜警の兵が、村の出入口の方へ、気重そうに向かっている。百姓も、商人も、職人も、それぞれの持ち場で、後片付けをしている。これから準備して忙しくなるのは、宿屋と、居酒屋だけのようだ。
中には、物珍しそうに旅人であるぼくらの方を窺う者がいるのだが、単に興味があるだけという純粋な者がいれば、一方で金持ちかどうか見定める風の卑しい者もおり、いちいち確認していると、気恥ずかしい気分になってくるのだった。
「ちょっと馬車を停めてくれませんか?」
ブルーノがそう頼んで、コンラートが手綱を引っ張って馬を止める。
ブルーノがサッと馬車から飛び降り、「とりあえず今からぼくは宿探ししてきますね。コンラートさんは厩舎の方をお願いします」
「かしこまりました」
「待って」、とリーザ嬢が制止して、めくり上げた幌の隙間より飛び降りる。
「危ない」、とぼくは叫んで手を伸ばす。
が、令嬢は、難なく着地して、得意げに微笑むのだった。びっくりしたぼくは伸ばした手を戻す。
「わたしも付いていくわ」、と令嬢。
ギョッとするブルーノ。
「いらっしゃったところで、これといって面白いものなどないんですが」
「別にわたしは、探検しに付いていくわけじゃないわ。今夜過ごす宿がどのくらいのものか、品定めがしたいだけよ。いいわよね、コンラート?」
「はぁ」、とコンラートは明快に答えかねるという感じで、ブルーノと憂わしそうな視線を交わし、それぞれ暗黙の内に意向を示し合うと、互いにうっすらと苦笑いをこぼすのだった。
「構いませんよ」、とブルーノが令嬢に向かって言う。「けど、決して豪華じゃないことは確かですよ。お嬢様のお気に召すかどうか」
「えぇ。結構よ」
令嬢はブルーノにぴったり寄り添う。
コンラートはやれやれと言わんばかりにため息を吐く。
「かしこまりました」
「フリッツ」
ブルーノがぼくの名を呼ぶ。
「宿か厩舎かどっちが先に見つかるか分からんが、出入口のたいまつの火が灯ったら、とりあえずそこに来い。それまでにはどちらかはきっと、見つかるに違いない。そこまで大きい村じゃないからな」
「分かった」、とぼくは頷く。
そうして、ぼくとコンラート、ブルーノとリーザ嬢は、一旦別れた。
ほとんどずっと馬車に乗っているだけだったけど、何か疲れた。この栗毛の馬が休める厩舎を見つけたら、とりあえず寝たい。
透き通る日差しで明るかった馬車の幌の中が、今では、もう暗い。