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『彼』は、風変りな男だった。その名を“ザムエル”という。壮年の男で、頭髪は完全になくなって、頭部の肌全体が露わになっている。
くぼんだ目は、恨めしそうにどんよりと陰気臭く、いつも遠くを茫然と見ているようで、その表情をぼんやりしたものにし、ザムエルと面と向かって話す者は、半ばイライラし、半ば不安になるのだった。
だが、他者を不安にさせる要素は他にもあり、それが彼の最大の特徴だった。
瘢痕だった。赤黒い瘢痕が、顔のおおよそ半分に定着し、ちょうど鼻の辺りで、頭頂から顎にかけて一本の境界線を成している。片方の顔面は健全な白っぽい肌色で、もう片方は、痛々しい赤黒い色に覆われているのだった。
その瘢痕のために、ザムエルは悪目立ちし、恐れられ、敬遠された。
だが、彼のその瘢痕は、生まれつきのものではなかったのである。ある凄まじき運命が過去、彼を雷撃のように突如として圧倒的に見舞い、彼の人生に悲しい亀裂を生じさせたのである。
……。
「この娘をどうするおつもりですか。ザムエル殿」
黒いローブ姿の男が、彼に問う。
ザムエルを始めとした、黒装束の男たちは、馬車に乗り合わせており、馬車の両脇に置かれた長椅子のそれぞれに並んで座っていた。
彼らが向かい合う、幌に覆われて薄暗い馬車の中央には、ぐったりと横たわる体があり、それは、薄褐色の髪はよく手入れが行き届いていてツヤツヤしており、肌艶の若々しい、少女、リーザなのだった。
リーザは、昏倒しているようで、目を瞑り、口は半開きだった。
腕組みして彼女を見下ろしているザムエルは、「ただ連れていくだけさ」、と答えた。「わたしの気に入った娘でね」
「左様ですか」、と男は困惑して返す。
「見ろ。たいそう見目麗しい美少女ではないか」
口元を緩めてそう言う剃り上がった頭の男に、他の男たちは、気味悪がって、中には眉をひそめる者があった。
「この娘は恵まれた子だ。裕福な家庭があり、学校に通っている。城下町の修道院学校さ。何を志して勉学に努めているのか知らないが、将来有望じゃないか」
「まさか、ザムエル殿。あなたの弟子か何かになさるおつもりで?」
「そうだな」、と彼は顎を持って考え込む様子で言う。「そうなってくれれば嬉しいものだが、この後目覚めるこの少女にそう求めて、果たして承諾を得られると思うか?」
男は、否定の意味で首を左右に振りたかったが、真っ向から否定してかかるのは、彼にとって目上であるザムエルに対して非礼になるだろうと危ぶみ、渋い顔をするだけで応じた。
「まぁ、そういうわけさ」、とザムエルは顎の手を膝にやり、彼の否定を見通したように続ける。「弟子にしろ、他の何かにしろ、この少女をわたしのもとに、本当の娘のように置いておきたいのだよ。連れ去ってきたことの大意は、おおむねそういう具合だ」
彼は再び腕組みし、話を続ける。
「そのためには、まずは心を入れ替えてもらわねばならない。素の彼女では、わたしなどけんもほろろに拒絶され、口も利いてもらえないだろう。要は、躾をほどこすわけさ」
ふと、リーザの閉じた眼瞼が、微かに動いたように、ザムエルの目に見えた。
「外堀はすでにある程度埋めてある。この子は最早親なき子だ。住まいに住んでいる老夫婦は、すでに亡き者にしてある」
ただ好ましいと思っただけの少女を簡単に拉致し、その保護者を抹殺し得るほどのザムエルの冷血さに、周りの仲間の男たちは慄然とした。彼を敵に回したくないと思ったし、彼の気に障ることは言うべきではないと思った。
それは、だが、彼の気質のみに起因する恐れや気後れではなかった。仲間の男たちの目には、ザムエルの後ろには、『光』の創始者である老ヨハネスの影が、おぼろげに見えているのだった。
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