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猛火の中で、ザムエルの命が燃え尽きようとしていた。
近くか、遠くで誰かが叫んでいるようだった。木々の爆ぜる音で、彼の耳はほとんど聞こえなくなっていた。
彼は視界が真っ赤に染まり、やがて暗転し、死期を悟っていた彼は、特に抵抗する気はなかった。
ザムエルは復讐を果たし、せいせいしたが、どうしようもない悲しさが後に残った。自分の人生はいったい何を生み出したのだろう。母への親愛の情と、喪失感と、憎悪、他には……。
死の深淵に落ちていく自分を彼は想像した。自分は確かに母を殺されたという意味で被害者であるが、仇への仕返しに大勢の無辜の人々を放火で脅かした非道の加害者であり、きっと、地獄に運ばれるに違いないのだろうと、ザムエルはしょんぼりと覚悟した。
じっと暗闇の中で待ち続け、だが、やがてうっすらと見えだしたのは、眩い光輝だった。
目覚めると、彼は自分がベッドに寝ていることを知った。
最初、地獄が本当に存在したのだとびっくりして思ったが、違うようだった。
彼はまだ生きており、現実に留まっているのだ。
複雑な感情に、ザムエルは襲われた。死ぬべき時を過ぎ、自分はどういうわけか生きながらえてしまった。
目覚めの直前に昏睡の暗闇に差し込んだと思われる眩い光輝は、部屋に設えられたステンドガラスの窓を通る陽光のように、彼には思われた。
ステンドガラスには、幼児が造形されている。頭上に光の輪をのせて微笑み小さい純白の翼で飛んでいるようだ。
彼は寝ながらその様をじっと観賞したが、意識が冴えてくるにつれ、目覚める以前の記憶が続々と蘇って来、情動が乱れた。同時に、体の大部分に疼痛を感じ、彼は、身動きがまるで取れず、包帯でグルグル巻きにされた彼は、重傷を負っていたのである。
「――目覚められましたか」
ふと、声がしたかと思うと、ザムエルの視界に、ひとりの男が姿を現した。黒いハイネックの、体全体をすっぽりと覆う祭服らしき衣服を纏い、彼はそういう職に従事する者のようだった。白髪と皺が、彼を老齢と明示していた。
「……」
ザムエルは声を出そうと思ったが、出なかった。喉がダメになっているようで、頑張って発声しようとしてもキュルキュルというほとんど呼気の奇声にしか出なかった。
「あなたは死ぬべきひとでした」、と老人。「燃え盛る炎の中に閉じ込められ、ですが、あなたの恰好は、何かに祈るように、跪いたものでした」
ザムエルは相槌のつもりで、包帯に覆われていない目をパチパチさせた。
「わたしは近傍の教会でほそぼそとみずからの信仰に従事し、時には離れた村まで依頼を引き受けて魂を鎮めに訪れる、そういう仕事をしていました」
男は、忘れていたと言い、自身の名を名乗った。彼はヨハネスというようだった。
「わたしは、助祭の報告で、森に火の手の上がっていることを知り、駆け付けてみると、名も知らぬあなたが、火焔の中にいるのを驚きと共に発見し、救出したというわけです」
余計なことを……とザムエルが心中で呟いた時、ヨハネスが、被せるように「余計なことを……」、と言いだした。
「余計なことをしたようですが、これはひとつの縁といえるものでしょう。あなたが焼け死んでいた可能性がありますし、助祭が目を凝らさなければ、遠くでぼんやりと照るあかりなど、村のものだと思って見過ごしていたでしょう。ところが、それは火事であり、わたしが駆け付けた時というのは、あなたはまだかろうじて生きていたということです」
そこまで言い、ヨハネスは、ザムエルの手を布団の中より持ち上げ、両手で包み込むように持った。
「大層お美しいはずのご容姿が、火事で台無しではありませんか。嘆かわしいことです」
ザムエルは、包帯越しに、ヨハネスの体温と手の柔らかさに触れ、眠っていた何かが目覚め、猛烈に込み上げてくるものがあり、情けない息を漏らして、さめざめと泣きだした。
忘れていた人情が生き返ってくるようであり、母の死後ずっとひとりぼっちで、周りには敵しかいないと思って強がって生きていた彼には、この温かい感覚は、非常に沁みた。
――かくして、ザムエルは『光』の一員になるのであり、最初は深手を負った身だった彼は、段々と具合をよくして持ち直し、やがて薬剤官として、薬や毒の研究にいそしむようになったのである。
彼は有能でよく働き、命の恩人であり『光』の創始者であるヨハネスに忠実なしもべであり、かつてあった美貌は、大やけどのために髪と共に失われ、むしろゾッとさせる痛々しい見た目になってしまったのであるが、新しい紐帯に繋がれて、彼は生き生きとしていた。
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