さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

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第368話

***

 

 

 

 ザムエルの毒殺した人々の中に、ひとりの母親がいた。彼は彼女のことをよく知らずに例の木の実を言葉巧みに売り込んだのであるが、彼女は、フリッツの母親だったのである。

 

 フリッツの母親は、家畜小屋の牛の世話をする息子に先んじて、農奴として畑へと向かったのだが、その途中にザムエルと遭遇し、木の実を得た。

 

 彼女は、ザムエルの言う不老不死だの、美容だの、精力だの、説かれる利点に惹かれた。

 

 彼女は日々悩んでいた。愛すべき息子との二人暮らしは、内職を兼ねても、貧窮していた。だが、職の選択肢は他になく、その窮境に甘んじていた。

 

 自力では改善することの出来ない状況にある者の耳に、ザムエルが持っていて、無償で提供してくれるという魔法の木の実の宣伝は、入りやすく、フリッツの母親は、ただでさえ素朴でお人好しだったこともあり、安易にひっかかり、罠にはまってしまったというわけである。

 

 どの道、母を惨たらしく殺されたザムエルにとって、家族のいる他人など、恨めしい羨望の的でしかなく、全員自分と同じ目に遭って苦しめばいいのだという呪いや怨悪に支配されていた。

 

 フリッツの母を始めとして、彼女にあらわれた症状は、他の唐突に体調を悪くした者たちのものと完全に共通しており、最初それは、感染力のある流行病の訪れと思われ、人々に恐れられた。人々は互いに疑い合い、距離を置いたが、謎の順番で死者が続々と増えていき、その状況は恐れを増幅した。

 

 少年フリッツは、ある日母親の容態の悪いことに気付き、彼女の赤らんだ顔、高熱を心配し、だが、彼女はあえなく死んでしまった。医者の往診があったが、占星術を妄信し、生年月日を元に体質を導き抱いて食事のアドバイスをするだけの役立たずだった。

 

 騎士になることを志し、ふるさとのメンドンを、母を置いて出たブレイズのその母は、健気に孤独に生活していたところ、不意打ちの放火によって一度は逃げたのだが、行く当てがなく、旅立った息子を心より求めながら、深い森の中に迷い込み、その内野垂れ死にした。

 

 辺境の村の壊滅など、知られるよしはなく、フリッツも、ブレイズも、その報にはまだ接していなかった。壊滅のきっかけを作ったザムエルだけが、そのことを知っており、今や『光』の有力な幹部である彼と、『光』との対決を覚悟する騎士と従卒のふたりの間には、暗々裏に、因縁が結ばれているというわけである。

 

 親を失ったザムエルにとって、ヨハネスというのは、母のようであり、また父のようでもあった。彼は信頼に足る対象であり、迷い、悩んだ彼を信仰へ導いてくれ、そして信仰は彼に人生の充実感と、支え合える仲間を与えたのである。

 

『光』の勢力は絶大で、それは『光』と協力関係にない領土にとってはただの圧倒的脅威でしかなく、また『光』の信仰については、非常に排他的で既存の宗教に対して極めて攻撃的であり、必ずしもその勢力を背景にした布教は、押し付けられた人々の反感のために順調にいかず、だが、『光』の者たち――ザムエルを始めとしたヨハネスの配下たちは、皆、彼を慕い、彼への善意のために、侵略という行為を働き、従事しているのである。

 

 

 

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