第369話
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季節は夏に近付いていた。昼時の日照りがキツく、汗が出てくる。紫色のノアザミが草原のあちこちに咲いており、ふっくらとした冬毛の鳥たちは、スレンダーに換羽していた。
わたしは、行軍の途中だった。『光』の手に落ちたフェノバールにある新兵器を盗むため、参謀が作戦を練り、わたしたちは――わたし、ブレイズを始めとした騎士たち・兵士たちは、まず、近傍に拠点とするべき土地を求めた。
理想となる拠点は堅牢な砦なのだが、建設する余裕が、時間的にも人的にも資源的にもなく、キャンプを拡大したベースキャンプを立てることを当座の目的とした。物資の集積地としての役割のみを持った、簡易拠点だった。
ミアやマルテなどの女性たちや、子どもたち、老人たちは、残留する騎士たち・兵士たち(フォンスもそのひとりだ)と共にインベガに残り、補給を必要とする物資の生産に従事することを命じられたが、日々の生活を続けられる者は少なくなく、ミアもマルテも、戦争の臨時的職務の義務は、幸い帯びなかった。
男たちばかりの集団はむさくるしいことこの上なく、インベガに残るミアは勿論、他の兵士たちが、わたしには羨ましく思われた。
わたしたちがフェノバールの危地を脱し、インベガまで逃避するまでの距離は、馬を飛ばしても、数日かかるものだった。
その距離のちょうど中間地点に近い境域の草原が、山の裾野として、山まで続いていた。裾野の草原に近い方は平面だが、山に近くなるにつれ、斜面が緩やかに上っていた。
裾野と山に向かって、草原が木々に狭められ、その狭められた草原が、ベースキャンプのロケーションとして、あまり目立たないし、敵の来襲の際の有効な逃げ道が複数あり、好適に見え、わたしたちは、そこを拠点とすることにした。資源の豊かそうな山がすぐそばにあることで、食糧と水の確保が容易なことも、わたしたちがそこを拠点の地として決める理由の大きなひとつだった。
荷ほどきがされ、遠征の人員総出でキャンプの設営に取り掛かり、暑い中、わたしたちは汗水を流した。
テントが複数立てられ、装備を保管するものや、食糧を保管するものなどに分けられ、その中に、わたしたちの仮住まいも含まれていた。狭苦しいが、雨風を凌げるのは、恵まれたこととして喜ぶべきだった。
日暮れ時が迫っていた。
「夜までにキャンプを立てられてよかったね」
とわたしは、ベースキャンプを少し離れた斜面より、彼方に沈もうとする真紅の夕陽を、傍らにいるブレイズと共に、目をしょぼつかせて眺め、彼に対して言った。
「あぁ」、とブレイズが返す。「これだけの人数がいれば、あっという間さ」
グゥ、とわたしの腹の虫が鳴いた。空腹のしらせだった。わたしは決まりの悪い思いで苦笑いをこぼした。
ブレイズも苦笑し、「せっかくテントを打ち立てた夜だ。盛大にディナーとしゃれこもうじゃないか。といっても、酒ぐらいしか贅沢品はないが」
「いいんじゃない。みんな喜ぶと思うよ」
「景気付けということだな。この度の勝利を祈願し、乾杯」
そう言って、彼はジョッキを持っているつもりの手で、夕陽に祝いの声を上げる。
――平和なひと時だった。だが、わたしたちは片時も忘れることはなかった。わたしたちは、強大なる敵との戦闘を、間近に控えているのだ。
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