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「今日は疲れたな。もう休もう」
馬車を一日中曳いてクタクタになっているであろう栗毛の馬を厩舎におさめ、首の辺をやさしく撫でてやる。
藁を敷き詰めた馬房に、馬は落ち着いている。
後はそっとしておいてあげよう。あまり構うのも、馬には負担になるだろう。ぼくは手を馬より下ろす。
「明日もよろしく」
「フリッツ殿」
その場を去ろうとしたところ、コンラートさんが感心するように言って、ぼくは留まる。
「わたしには、どうもあなたが動物とのコミュニケーションに慣れているように見受けられるのですが」
「あぁ、それは」
ぼくは手をそっと馬の頬にやる。
「住んでいた村で、馬ではないんですけど、牛を飼っていて、乳牛なんです。だから
、そんな風に見えるのかも」
馬はうっとうしがったりせず、ぼくに好きに触らせてくれている風に見える。安心してくれているのなら嬉しいが、ただ疲れているから抵抗などしないというのであれば、悪いと思う。
「成るほど。そういうわけですか」
「懐かしいな……」
ぼくは馬に、かつてよく面倒を見ていた牛の面影を見る気がした。目を瞑ると、まざまざとその人懐っこい様相が、思い出と共に蘇ってくる。
すると、その回想に、彼女の姿がまじって見えた。あの服屋の子、ミアの姿だった。そしてリーザ嬢を思い出すのだった。ブルーノと同行して、彼らは、もう宿を見つけただろうか。
「暗くなってきましたね」、とぼく。「そろそろたいまつの火が灯る頃かも知れません。行きましょう」
馬に別れを告げ、ぼくはコンラートさんと厩舎を出、村の出入口のたいまつを目指した。
すっかり暗くなった。夜だ。
*
「おーい」
たいまつの灯のそばで、リーザ嬢が手を振っているのが見えた。その隣にはブルーノがいて、腕組みして立っている。
「馬は?」、と、全員が合流し、彼が訊く。
「馬車と一緒に厩舎へ預けたよ」、とぼく。
「そうか」
「宿は?」
そうぼくが訊くと、ブルーノは意味ありげに隣の方に目配せして見せる。
リーザ嬢? 彼女に何か……。
「あぁ」、とぼくは合点が行く。「何となく、分かったよ」
リーザ嬢は嬉しそうにニコニコしている。
「お嬢様」、とぼく。「宿はいかがでしたか」
「フフン」、と令嬢はご機嫌そうに笑う。ということは、少なくともあばら家ではないらしい。
「ねぇ、ブルーノ。そんないいところなの?」
「どうだろうな。料金も、家具調度の質も、ごく普通だと思うが」
ぼくらは近く寄って、ヒソヒソ囁き合った。
ひょっとすると、とぼくは想像した。
リーザ嬢は、旅慣れていない。全てが非日常で、だから、普通の宿に泊まるというのも、彼女にとっては、愉快なことなのかも知れない。
「どう思います、コンラートさん?」
ぼくはやはり、ひとり上気している令嬢と同調出来そうにないので、囁き声で彼にヒソヒソ耳打ちする。が、彼はよく分からない、と首を振るのだった。
「あるいは、ベッドは令嬢専用になるかもな」
「ぼくたちは?」
「カーペットなり、ソファなり、どこかしら平らなところがあるだろう」
「ハァ」、とぼくはため息する。「一部屋しか借りてないんだね」
「旅のコストはシュトラウスさんが出してくれることになってはいるが、それは俺たちが贅沢してもいいということと同義じゃないからな」
まぁ、今回の仕事は令嬢の護送が目的なのだから、彼女が最も優遇されるべきなのは、間違いない。シュトラウスさんのぼくらへの厚意は、リーザ嬢が城下町へ無事に着いて、そこでホームステイと新たな学校生活を始められるためにあるのだ。
夜気が涼しい。灯されたたいまつの火影には、虫が群がっている。