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夜になって辺りが暗くなってしまえば、奇襲をしかけるのはかなり容易である。というのは、展望が日中と比べて狭まるためで、従って暗中では、衛兵の監視を潜り抜けてフェノバールの城郭のそばまで接近するのは、さほど難しいことではない。
身振りによる合図が出され、その意味が認識され、わたしのいる第二陣が、次第に移動の速度を落としていき、やがて止まる。待機の命令だ。たいまつの灯火が消され、辺りが真っ暗になる。密に集まった人々の中においては、皆、私語を慎み、自分の心臓の音以外聞こえないほど、しんと静まり返っている。
城郭を攻略している第一陣はどうなっているのだろう。うまくいったのか。まずいのか。
フェノバールの城郭は高く、その高さは並の攻城櫓では届かないほどである。弓矢の名手が集められたといっても、あの高さにあるひとを弓矢で狙い撃ちするのは、(加えて、視界の悪い夜中という条件まであっては、)針の穴を通す精度が要求されるだろう。
射撃が成功しなければ、インベガで製造し、用意してきたフェノバールの高い城郭のてっぺんまで届く梯子が用いられる手筈となっている。射撃が断念された場合に、次の手として企てられている作戦である。
何となく空気のムッとする夏の夜、蚊が時折耳元で羽音をブンブンいわせて耳障りだ。うっすらと体全体が汗ばみ、あまり快い夜ではない。
報告を待ち、次の展開に向けて心の準備を整えておく、わたしたちが今出来るのは、そのくらいのものだった。
――ふと、馬の走る、かたい蹄鉄が地を蹴るパカパカという音が聞こえてくる。
辺りがザワつく。第一陣の模様を報告する使いが来たようだ。姿は見えない。
「報告」
と、使いが厳かに言う。あまり喜ばしい状況ではないらしいことが、声色に窺われる。
「第一陣、射撃が捗々しく行かず、現在梯子にて城郭を攻略中です。まだ交戦状態にはなっていませんが、その時に備えて第二陣も現場まで来られたく存じます」
「了解。直ちに向かう」、と使いの報告に応じる第二陣の指揮官が答える。彼はわたしたちに向かって城の付近までの進行を命じ、わたしたちは再び、馬を走らせる。
――城郭の周囲を照らす光源は限られている。見張りの任に就いている衛兵がよっぽど怠け者でない限り、あちこち目を配っていると思うが、地面の方は夜ほとんど見えないといっていい。
だが、梯子の使用の際の音はこの静けさにあっては必ず聞き取られるだろうし、見張りのいる方に近付けば近付くほど、目に付きやすくなる。だが、幸いわたしたちのよく知るフェノバールの円状の城郭は、物見櫓の相互の間隔が広く、うまくあちこち巡回する衛兵のいないスキを見つけて、わたしたちが物見櫓なり、その間の通路なりに上がってしまえば、たとえ戦闘になっても、城郭の上と下の高低差に苦しめられることはない。
大切なのは、戦力を温存することだと、ブレイズが言っていた。わたしたちは今回『光』と殲滅戦を繰り広げようとするのではない。戦力の差は、どっしりと構える『光』の側と、遠征してきたわたしたち連合軍の側とでは、明らかである。首尾よく作戦が運ぶよう入念い準備し、実行し、成功すればよし、失敗しても、引き返し、逃げればいい。
ブレイズのいる、最後のかたまりである第三陣は、まだ後ろにじっと控えているだろう。彼のもとに、今あった報告を伝えるべく、使者が、城へと向かうわたしたちと交差する格好になる。
いよいよ作戦が、本格的に始動する。
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