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フェノバールは平地の町であり、わたしたちが目下逃げているのも平らで開豁な平原である。
敵の兵器の鹵獲という任務がひとまず達成され、次に待っているのは、逃げ延びることと戦うことを兼ねた撤退戦だった。
わたしたちの軍に属する聡明な参謀たちが知恵を合わせ、あらかじめ逃げる順路は寝られており、わたしたちはそれを跡付けていくだけだった。
しかし、平地であるこの辺の地勢的条件は、逃げることを不利にしており、とにかくわたしたちは取り急ぎ、近傍の森まで全速力で向かって中に隠れなければならなかった。
時が夜であることは大変好都合だった。日中であれば、フェノバールの城郭の上からあっという間に見つかってしまうはずのわたしたちは、今、夜陰に紛れ込み、どれだけ視力のいい者でも、この暗い中での遠望では、ほとんど確実に対象を視認することは叶わないだろう。従って、遠隔攻撃の出来る、わたしたちの奪ったものと同じ兵器も、わたしたちを狙い撃ちすることは、不可能だろう。
だが、『光』も、ただわたしたちが逃げるに任せるわけではなく、彼等にも賢慮があり、よく躾けを施した犬を先導にして、馬に乗って追行して来、わたしたちのもとへと迫ってくるのだった。
「犬だと!?」、と仲間の騎士が呆然と叫ぶ。
彼は槍を用い、吠えて威嚇してくる犬を薙ぎ払おうとしたが、犬はすばしっこく、また視界の悪さはあらゆる人間に影響を及ぼし、攻撃が中々当たらなかった。
「チッ、たかが家畜のくせして」
仲間たちが守り、運ぶ兵器を中央にしたわたしたちの編隊は、追撃を受けることで何度も崩され、撤退線は難渋した。
わたしは見知らぬ騎士の馬に同乗していたが、負傷したわたしは戦闘員としては役に立たなかった。ただ、この緊迫した状況にオロオロハラハラするばかりで、ひどいお荷物だった。
馬に乗りながら、わたしは、前に後ろに、右に左に、上に下に、揺さぶられまくり、ただでさえ状態が悪いのに、更に悪くなった。
ほとんど目が見えず、気絶しそうになる薄らいでいく意識で、誰かが「負傷者はとりあえず逃がせ」と叫ぶのを聞き、その気遣いがずいぶんありがたかった。
ふと、胸騒ぎがして、わたしが集中力を呼び起こして後方を見てみると、敵の騎兵が追ってくるのが見えた。馬三頭分くらいの隔たりしかなく、わたしが逃げ切れるかどうか怪しかった。
敵は白い小さい袋をブンブンと振り回して、何をするのかと夢見心地でぼんやり見ていたが、敵はその袋を投擲して来、油断していたわたしは手痛い一撃を食らった。袋には石か何かだろう、固くて重いものが入っているみたいで、思い切り殴られたような激痛が、反射的に動いたわたしの腕に走った。
「……!!」
最早うめき声さえわたしは出せず、ただ顔をくしゃくしゃにして、胸が詰まりそうになるほど、悶絶するばかりだった。
とうとう完全に気を失うのだと、わたしには直感された。
勇猛な掛け声が、恐ろしい叫び声が方々で聞こえた。「この野郎」とか、「くたばれ」とか、「ちくしょう」とか、そういった罵りの言葉が聞かれた。わたしには、その声のどれが味方のもので、どれが敵のものかまるで聞き分けることが出来なかった。
ただひたすら、逃げること……逃げて、皆でインベガまで帰着することのみを、わたしは祈念した。
わたしは、だがすでにおのれの力を使い果たしており、わたしの命運と願いは、誰と知れないわたしの同乗する馬を駆る騎士に、託さないといけなかった。
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