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荒々しくて血なまぐさい、何とも骨の折れる夜が、決して小さくない犠牲を出して明けた。
結局、わたしたちは、フェノバールより、平地をずっと行き、もうほぼ安全だろうと確信が持てるところまで退いて、追手の気配は、しつこくあったのが、しばらく進むと、段々と薄くなり、最後にはなくなった。
森まで到達し、わたしたちが物陰に紛れ込んだということがあるし、上官の見立てでは、夜襲が奏功した部分が大きいそうだった。
『光』はフェノバールを侵略したが、まだしっかりとした統治が築かれておらず、雑然としている中での奇襲は、彼等を面食らわせたようだ。ある程度の対応を敵方は見せたし、わたしたちは被害を受けたが、敵方にとっては、粘り強く戦える戦略が打ち立てられていない状態での緊急的応戦であり、また、突然の事態で指揮系統が入り乱れ、指示・命令の伝達がうまく行っておらず、足並みがバラバラだったのが不利に働いたようだった。
一矢報いることが出来たという感覚が、仲間たちに昂揚感を与えたが、同時に、友人や知人を失った悲しみと仇への恨みがあり、落ち着かない緊張感を孕んだ空気が、撤退するわたしたちを包んでいた。
明言こそされなかったが、次の『光』との戦いを誰もが意識し、その時は近いことが望まれた。実際は、きっちり準備しなければならないほど、わたしたちの戦力差は大きいのに。
ベースキャンプを引き払ってわたしたちは、遠路、インベガへと向かった。戦中ずっと押し殺していた眠気が、疲労などと共にどっと洪水のように、わたしのもとに押し寄せて来、わたしは知らない間に寝てしまった。
わたしの疲れや体の痛みや眠気は、数日に及ぶ帰路の間、わたしがずっと馬の上でゆっくりしていたにも関わらず、取り去られなかった。
そして、ある日の夕、わたしたちはようやく、山頂の町インベガまで凱旋し、わたしたちの帰還を待ち侘びていた町民たちに温かく迎え入れられたが、わたしは早く城に戻って横になりたかった。長く満足の行くまで横になるということがなく、わたしは少しイライラしていた。
「フリッツ!」、という呼び声がわたしをハッとさせる。
ひとりの少女が、行進を祝福する公衆に中より跳び出して来、彼女はミアだった。
わたしは微笑み、馬を下りると、彼女と対面した。
馬を下りる時、体が思うように動かずに落っこちてしまい、ずいぶんみっともなかった。
「まぁ! 大丈夫?」、とミアが心配し、わたしの腕を掴んで引き上げようとしてくれる。わたしはその力を借りて、ヨロヨロと立ち上がる。
大丈夫、と即答したかったが、空元気さえ見せられないほど、わたしは損耗していた。
「うん」、と、ちょっと迷った後に頷くわたしの仕草は、きっと白々しかったに違いない。
「傷だらけじゃない。よっぽど激戦だったのね」
「まぁね」
「勝負は、勝ったの?」
「今回ぼくたちは、『光』と勝負しに行ったわけじゃないんだよ。他の目的があった。その目的は、何とか果たせたよ」
「よかった」と、ミアが満面の笑みを見せて言うが、「だけど」、と表情を暗く転じさせて続ける。
「ホントにひどい傷。早く手当てしなくちゃ。マルテがいればいいんだけど」
彼女は辺りを見回したが、薬屋で働く少女のマルテはいないようだった。
「手当は追ってすればいいさ。今はとにかく、ぼく、横になりたいんだ。ずっと馬に乗ってばかりで、ほとんど背中を伸ばして寝られてなくって、ツラいんだ」
「そうね。早く城に帰りましょう」
わたしを乗せてくれていた騎士の馬は、すでに向こうまで行ってしまっていた。わたしは、みずからの足で歩いていかねばならなかった。片方の腕が言うことをきかず、まっすぐ歩くのにバランスが取りにくくて、少々不便だった。
ミアは同行するといってくれたが、わたしは遠慮した。また近く会うことを口約束して、わたしたちは別れた。
城までの道中ずっと、観衆に称揚の声を掛けられて、わたしは足を引きずって歩いた。
夏の夕暮れが、町を真紅に染めていた。
夕焼けに照らされた城の明るい部分と、陰の真っ黒の部分のくっきりしたコントラストと、彼方の綿雲の流れる橙色の夕空がふとぼんやりと目に映り、わたしの心に、ようやく、帰郷の感慨が沁み、目頭が熱くなってくるのだった。
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