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わたしの腕の骨が、折れているようだった。思うように動かせず、無理に動かそうとすると激痛が走る。折れたのは利き手の方の腕なので、わたしはしばらく不便を被ることとなった。
わたしとしては、特にこれといった感想はなかった。体中が傷だらけで、どこもかしこも悪いという自覚があり、兵団の医療に従事する者に骨折と診断されても、驚くことはなかった。
それに、負傷したのはわたしだけではなく、その他の、この度の遠征に出陣した者の多くが、軽くはない傷を負って帰ってきたのだ。
城にある、騎士たちが共同で使用する広い部屋で、わたしを始めとした、負傷兵は皆、安静にしており、インベガで働く医療従事者が各個に担当した。
わたしの怪我の面倒を見てくれるのはマルテだった。長いこげ茶の髪と、薄い灰色の瞳が特徴の、ミアと同年齢の少女だ。
「フリッツ」、という呼び声で、わたしは浅い眠りから覚めた。病人は寝てばかりいて、長過ぎる睡眠は、ややもすれば、浅くなりがちである。
マルテがベッドのそばに立って、わたしの方に前屈みになって見下ろしている。仰向けで寝ているわたしは、彼女の無表情の顔に、どこかよそよそしさを感じる。
帰ってきて、何日目かの朝だった。
「マルテ」
「おはようございます。お体の具合はいかがですか?」
「うん」
と、わたしは頷き、添木を包帯で巻いた腕をゆっくりと持ち上げて見つめると、一定の回復はしているものの、まだ感覚の鈍いことを確認した。
「まだ、思うように動かすのは無理ですね」
そう伝えると、マルテはわたしの腕を持ち、やさしくさすったり、骨折部を観察したりして、丁寧に掛布団の上に下ろす。
「感覚が戻るまでは、あまり動かさないように」、と彼女。「癒合がいびつになるおそれがありますので」
「分かりました」
「ご気分は悪くありませんか? ずっと寝ていて、退屈だったりなさらないですか」
「平気です。ちょくちょくミアやブレイズがおしゃべりに来てくれますから」
「そうですか……」
そう答えるマルテは、いやに沈鬱だった。まるでわたしが、ふたりと話すのが悪いことであるというかのようだった。
気になったわたしは、思わず、「どうかしましたか」、という問いを零してしまった。
「いえ」、と意味深に目を背けるマルテの振る舞いが、かえってわたしの関心を増大させ、わたしをして、同じ話題に固執させた。
「……」
マルテは迷うように、俯いて沈黙する。
たまたま、辺りは賑やかだった。マルテの他にも、何人もの男女の医療従事者がおり、皆、打ち解けて相手と話し、よそのことなどに気が回る様子ではなかった。
「教えてください」、とわたしはなるべく凛然として言った。「何かあるなら、聞かせてもらいたいです」
マルテは「ハァ」、とため息を吐いた。それは、彼女が、半ば悩んでいるように、また、半ばわたしに呆れているように思わせるため息だった。
彼女は何か隠しているのだろうか。彼女はいったいなぜ躊躇しているのだろうか。
マルテは、ベッドのそばにある椅子に座り、わたしのそばまで寄ると、耳元に口を寄せ、「いいですか」、とわたしの耳に手を添え、注意するように囁いた。
わたしはコクリと頷いた。
「実は、このインベガの中に、裏切者が紛れ込んでるんじゃないかっていう噂があるんです」
「裏切者だって?」
わたしは仰天してしまった。
「裏切者というか、『光』の勢力を強大と認め、対抗せず降伏しようと企んでいるひとがいるみたいなんです。ひとりじゃなく、たくさん」
「……」
わたしは絶句した。わたしが負傷した幾日か前の激闘に費やされた労力や時間の値打ちが、にわかに疑わしいものになった。
だが、わたしは非常に驚きながら、同時に、マルテの言う裏切者たちの気持ちが、必ずしも、分からないではなかった。『光』は今や全世界を席巻しようとしている大軍である。逆らわずに降ろうという考えを持つ者がいるのは、決しておかしいことではない。
だが、わたしは決して、重傷を負わされ自死に至ったブルーノや、一時は拉致されたミアを通じて因縁のある『光』に対し、みずから進んで屈しようなどとは思わなかったし、もし同じ町に住む仲間がそう思ってるとすれば、死ぬほど軽侮するだろう。だが、それが、仮に自分の親しくしていたり、敬っていたりする者であるとしたら――?
「マルテは」、とわたしは恐る恐る言った。「その裏切者たちの中に、ブレイズとミアがいる、と言いたいのですか?」
核心を攻める意図からの問いかけだった。はい、か、いいえのどちらなのか。
だが、俯いているマルテは、答えを案ずるかのように口を開かず、結局、苦々しい顔で、「失礼します」と述べると、そそくさと退室してしまった。
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