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親しいひとたちが、宿敵である『光』に対して密かに帰順しようとしているというマルテの出し抜けの示唆は、わたしを大いに戸惑わせた。
「――どうしたの? フリッツ。浮かない顔して」
同じ日のお昼ごろ、仕事の合間を縫って見舞いに来てくれたミアが、わたしの沈んだ様子を不審に思ってか、そう尋ねた。
ミアはベッドのそばの椅子に座り、わたしは、半身を起こし、ヘッドボードに背を持たせていた。
「もしさ」、とわたしは口にした。「強いことが偉いというのなら、ぼくたいは偉くないんだよね」
「フリッツは弱くないじゃない。他のひとたちだって、そう。弱かったら、きっと、遠征に行って生きて帰ってなんてこられないよ」
「そうかな」
わたしは、マルテの示唆する通りに、ミアもブレイズも疑う気はなかった。仮に彼等が実際『光』に服従する心の準備を整えているとしても、この情勢を鑑みれば、決して不当とはいえないのだった。
「マルテの腕は確かみたいね」、とミアが、陰気臭さに嫌気が差したように、話題を転じる。「痣とか腫れが、日に日に引いていってる」
「うん」、とわたしは頷く。「もうほとんど歩けるくらいには回復してるんだよ。でも、念のために余分に安静にしているようにって、彼女が言うんだ」
「そう。まぁ、いいんじゃない。彼女の指示に従って、しばらくゆっくり休んでなさいよ。フリッツにはそうする権利があると思う」
そう言うと、ミアは携えてきたバスケットよりリンゴを取り出し、携帯ナイフで皮を剥きだした。彼女の手の中で、リンゴがくるくる回され、赤い渋皮が線状に伸びていく。
「マルテはフリッツにやさしくしてくれるの?」
と、手元のリンゴに目を向けたまま、ミアが問う。
「そりゃ、手荒くは扱わないさ。彼女は医療従事者で、ぼくは怪我人だもの」
彼女はクスクス笑い、「そういう意味じゃないよ」、と注意する。
「……?」
わたしは小首を傾げ、腑に落ちないという素振りを見せる。
「マルテはね、ブレイズさんがお気に入りなのよ。きっと、憧れてるんじゃないかしら。わたしの目には、そう見える」
「マルテがブレイズを好きってこと?」
「まぁ、ふたりが話したりしてるところを見るといいんじゃない。そうすれば、何かしらヒントが得られると思う。まぁ、フリッツも、彼女のお気に入りみたいだけどね」
「ふうん。そいつは妙だな……」
わたしの中で、事実と印象のもつれが生じる。
マルテがあの示唆をわたしに伝えた時、彼女のブレイズに関する口ぶりは、決して好意的と言えないものだった。
その彼女が、ブレイズを好いていて、わたしに関しても、悪しからず思っているなどというミアの話は、互いにうまく噛み合わないのではないだろうか。
「ミアのそのマルテについての印象は、きっと正しいんだろうけど、他にも含まれているものがあるという気がする」
「はい」
わたしの推測はてんで意に介されず、お腹の辺の布団の上に、皿が唐突に置かれる。カットリンゴが、皿の上に並んでいる。
「これを食べて、気力を養いなさい」と言い、ミアは立ち上がる。「他のひとたちにもリンゴ、分けてくるね。その後は町に帰るわ」
「あぁ、ありがとう。助かったよ」
わたしはやや狼狽気味に謝礼し、カジュアルに別れを告げる。
部屋の他の怪我人のところに果物を届けて愛嬌を振りまくミアは、感謝され、人気を博した。後で近くの怪我人が、わたしに、ミアがガールフレンドかと聞いてきたが、わたしは笑って否定した。
わたしの中にあったはずのマルテを巡る怪しい疑惑は、ミアのあっさりした態度と、隣人の馬鹿馬鹿しい質問によってうやむやにされてしまったという気がする。
だが、その疑惑は、解明が望ましいものとしてわたしの中にしっかりと残っているのだった。
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