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繰り返し派遣されている偵察が、ある日重大なしらせを持って帰ってきた。
フェノバールに駐留する『光』が、大きな編隊を成して進軍を始めたのだという。
彼等の向かう先がインベガであるかどうかは定かではないが、編隊の向きからして、そのように推定されるそうだ。
いよいよ来るべき時が来たのだ。
緊急で会議が催され、上官たちが召集された。わたしたちも、訓練など、日常のルーティンをひとまず中断し、備えを万全にすることを優先した。
会議での模様はよく分からないものの、話し合いは迅速に行われ、提示された議案に関しては、あるものは多数者の合意の上で、あるものは権力者の独断で、結論が決定された。
まず、非戦闘員の避難が命じられた。女性、子ども、老人、障がい者などが社会的責務を免じられ、インベガの接する山地へと移動した。人里など皆無の原生山林だが、職人が伴われ、環境の整備と小屋の建築などが、避難先で行われる予定となった。ミアとマルテが、避難者に混じっており、わたしたちは互いの平穏無事を祈って別れた。
わたしたち戦闘員はというと、防衛戦を有利にするために奔走した。兵器はすでに複数製造され、砲弾の用意があり、操作のための工兵が選任された。
地勢的条件において、平地よりのぼってくる相手に対し、高所のわたしたちは有利だったが、旧来の戦闘の在り方とその傾向がまだ意味を持っているのか、はっきりとしなかった。塹壕を持っているわたしたちは、すでに塹壕、及び製造された兵器を作戦の内に練り込み、騎馬戦などの古式の戦術は、その付属物という感じになっていた。新しい戦い方が開発されたからといって、けれど、わたしたち歩兵、乗馬する騎兵による近接戦闘がなくなるわけではなく、角逐を制する戦力としてその内にあった。
緊迫感の高まっていく最中のある日、わたしは城の部屋で、ブレイズと、ある短い休憩の間、それぞれベッドに座って、向かい合って話していた。そういう機会は、一日の内、ごくわずかしかなく、ほとんどが仮眠と飲食に費やされてなくなるが、まれに口をきけることがあるのだった。
「ずいぶん涼しくなってきた気がする」
と、わたし。季節が知らない内に進んでいたが、移ろう時の情緒に浸れる余裕などあるわけがなかった。
「涼しい方が、体が動かしやすい。それは、相手にとっても同じだが」
と、ブレイズ。目の下のクマが人相を悪くしている。だが、完全に不健康というわけではなく、かろうじて正常を保っているようだった。
秋か、とわたしはしみじみ思うと、自然とブルーノの面影が思い起こされた。彼の亡くなったのも秋だった気がする。葉の色付いた木々ばかりの木立の中にひっそりと隠れるようにしてある、村の教会。そこの墓地に、彼は永眠している。
「ぼくたちと『光』の間で、とうとう決着が付くのかな」
「さぁ、どうかな。フェノバールの勢力が全部というわけじゃないし。アイツらは、世界中にいるんだろ? そう考えると、萎えてくるな」
そう言って苦笑する。彼は、やはりどこか弱っているようだったが、ずっと過労で心身共に酷使してきているのだ。無理もない。
「戦いに勝って平和を手に入れて、メンドンに帰ろうよ」
「メンドン……母さんは、元気にしてるんだろうか」
ブレイズは、大きくため息をついて、「フリッツ」、とどこか呆れたように呼び掛ける。
「こういう時に故郷の話なんてするなよ。郷愁なんてものは、これから赴く戦いに何の意味もないどころか、水を差すくらいなんだから」
「……ごめんなさい」
思い出話に花を咲かせようと思ってみて、彼と共通の郷里の名を口にしたものの、逆効果になったようだ。心底辛い状況に身を持っていて、かつ禁欲している者に、それ以前の喜びや楽しみを偲ばせるものを提示するのは、ひどく浅はかだった。
わたしが自分の発言を悔いていると、「いや、いいんだ」、とブレイズが励ますように言った。
「お前に悪気がないのは分かってる。メンドンに帰りたいとは常々思ってるさ。だけど錦を飾れるように、まずはこの先の戦いに勝たないとな。後は、マメで綺麗な女に嫁いでもらって、母さんに自慢まで出来れば、充分なんだが」
「身の回りの世話役なら、ぼくがいるじゃない。女じゃないけどさ」
励まされたわたしはそう言って、ブレイズと互いに笑い合った。
ブレイズは決して不人気ではない。実際マルテが好いているようだし、面立ちは、男らしく凛々しい。
彼が本当に、これからの戦いに勝利して、美人を伴侶に得て、生まれ故郷のメンドンに帰って彼の母を驚かせると共に喜ばせられるとすれば、どれだけ微笑ましいことだろう。
それは、決して夢物語ではないのだ。わたしたちが奮起し、力闘し、敵を凌げば、その明るい未来への道は、おのずと開けてくる。
時代の流れを構成しようとする『光』という大波と、それにあくまで抗おうとするわたしたちの比較的小さな波が、近く、激突し、潮目を成そうとしている。
その時は、時々刻々、近付いてきているのだ。
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