さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

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第39話

***

 

 

 

「え?」

 

 きょとんとして、ぼくは手を止めた。

 

 夜が明けて、厩舎の馬の世話として、ブラシで体を磨いてやっているところだった。馬は気持ちよさそうに身を預けている。

 

「どうも近くで戦争が起きているんだと」

 

 柱にもたれて腕組みしている彼が言う。

 

「戦争?」

 

「あぁ。夜中、負傷した兵士が一人、この村の出身らしいんだが、帰ってきてな、噂になったんだ」

 

「ふうん」

 

 ぼくは再び馬のブラシがけに取り掛かる。

 

 ゴシゴシしながら、戦争というものを考える。各地で大なり小なり戦いが起きているのは知っていたが、身近なものではなかったので、真剣に考える機会がなかった。

 

「リーザ嬢は?」

 

「まだ宿で寝てるよ。コンラートさんはその見守り役」

 

「二人きりにしてだいじょうぶ?」

 

「まぁ、だいじょうぶだろう」

 

 特に災いの気配はなかった。ぼくも、二人は無事だろうと思った。

 

「近くなんだ。戦争」

 

「あぁ。あくまで噂に聞いただけだがな、その兵士は、敵の放った石弓の矢が刺さったっていうんだな。だが幸い急所は外れて、斃れずに済んだんだと。一応、騎兵で、馬に乗って逃げ帰ってきたらしい」

 

「なら、この厩舎にいるかも知れないね。その馬」

 

 ぼくとブルーノは厩舎の馬房を見渡した。満室というわけではなくちらほら空いた馬房が見られるが、中でおとなしくしている馬のどれが、負傷兵を運んできた馬か、皆目分からないのだった。

 

「ま、そいつは今、傷の手当をしてもらって、家で安静にしていることだろう」

 

「矢が刺さったんじゃ、ね」

 

「とにかく」、とブルーノは言って、柱より背を離し、ピンと立つ。「地図で確認しておくが、戦争はこの村の近くだ。おれたちの向かう方角じゃなければよし、だが、そうであれば、迂回するか、最悪この村に留まるか、考えないといけない」

 

「そうだね」

 

「地形によっちゃ、そのそばを突っ切らないと、城下町に行けない場合がある。戦地がずっと同じところである保証はないし、流れてきた兵士とばったり出くわす可能性もある。出くわせば、襲われるかも知れないし、捕まって身柄を拘束されるかも知れない。だから、フリッツ」

 

「うん」

 

「前にも聞いたと思うが、お前は自分で戦える覚悟はあるか? おれの陰に逃げていたっていいが、お前は今回の旅、自分も仕事がしたいって打ち明けて、おれはその意志を見込んだから、武器もちゃんと買い与えてやったんだ」

 

 ブルーノはまっすぐにぼくの目を見て、ぼくの心を洞察するように、尋ねた。

 

 即答すればかえって怪しまれるし、かといって沈黙で返すのもダメだった。

 

 ここまで、何も起きずに来た。それはたまたま運がよかっただけかも知れないし、ブルーノが組んでくれた道順のおかげかも知れない。平和な道のりで、リーザ嬢とも打ち解けて談笑して、楽しいと思った。

 

 だが、そうだ。村の外、守られていない外部に一度出てしまえば、そこはもう安全ではないのだ。お金を持って命乞いしても、武器を持って戦っても、絶対助かるとは言えない。

 

 今は村の中で過ごすからと、部屋に置いてきた短剣。ブルーノに買ってもらった、まだ一度も血をかぶっていない、新品の、キラキラして綺麗でさえある短剣。

 

 この武器を、あるいはぼくは、ひとに向かって振るい、傷つけ、殺してしまうかも知れない。

 

「フリッツ」

 

 不自然に空いたインターバルに、ブルーノがいよいよ不審の念を持ち始めたようだ。

 

「……」

 

「まぁ、いい」

 

 ブルーノはそう言って、厩舎を去ろうと少し行ったところで立ち止まる。

 

「ここで質しても無意味かも知れないな。実際に命の危険に際すれば、おのずと明らかになる」

 

 そして、彼は、情報集めにブラブラしてくると言い残し、「じゃあな」、と遠くへ行った。

 

 馬が鼻をならし、ぼくはギョッとする。

 

 いつの間にか、ぼくはまた、馬をブラシで磨く手を止めてしまっていたようだった。

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