第390話
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『光』において重責を担う立場にある宗教騎士団の上級騎士、エルは、出征先の山中で不意打ちの毒矢を受け、一時は生死の境をさまよったが、クロロの献身と、彼を撃った山の部族『サンドラ族』の者たちの温情によって、幸い、生きながらえることになった。
エルは、自己の命運に関して多分ダメだろうと踏み、死を覚悟していたので、まさに彼を襲った相手に救われたことに、激しい当惑を隠せない一方で、確かにありがたみを感じないではなく、心中は極めて複雑だった。
エルを救った部族は、長を始めとして、その末端まで、エルの側仕えである小心者のクロロの、愛嬌というべきものに情が移り、そのために彼等は、まずクロロを容認しよう思い、次に、彼の親友であるエルも、クロロのために同じように受け入れようということにしたのだった。
従って、生きる権利を授かったも同然のエルは、サンドラ族の者たちに対して、恩義があるといえる。
サンドラ族は、エルとクロロを仲間に迎え入れようと思ったし、クロロはすでに彼等の輪に馴染んでいるし、まだ隔たりのあるエルに関しては、時間の問題のようだった。
だが、エルにとって、忠誠を誓う相手は決まっていた。賊だった頃の彼には、己の他に付き従うべきものはいなかったし、その後もきっとそうなのだろうと思われたが、傭兵になって知り合った老人が、改心のきっかけとなった。
その名をヨハネスといい、『光』の創始者だった。彼はエルにとって、遠い昔、彼が職人だった頃、真心より慕い、従順に従うことが出来たが、物別れになった親方と、似通ったところがあり、その人柄に惹かれた。
以後、エルの忠誠心は、ヨハネスのためだけにあり、その献身や犠牲や研鑽などは、ただ彼のためにのみなされた。
サンドラ族との距離感において、クロロに対し、隔たりを感じているエルは、ずっとそこはかとなく、居心地が悪く、仲間ではないが、近く仲間になるだろう者として、存在を許容されている中、じっと反感を腹蔵し、この環境を抜け出す機会を窺っていた。
エルはすでに、『光』の有する力の内の大部分を任意で動かせるようになっており、彼はその権力を、ヨハネスのために行使し、その意向、その宿願のために、日夜敏腕を揮っていた。
エルは、自分が不在の『光』の現状がどうなっているのか、気になって仕方がなかった。自分がいなければ、事態は悪くなるとさえ思うほどだった。ヨハネスは元々老体だったのが、更に衰弱が進み、そばには常に介護役が付き、政務は後継者のトーマスに一任されており、ヨハネスはその後見役という恰好だが、実権はヨハネスが握っており、だが、彼は認知機能が衰え、補助がなければ思うように行動出来ないのだった。
焦りが徐々に、エルの中で昂じていっていた。彼は虎視眈々と脱出のチャンスを狙っているが、サンドラ族の者たちとて、ただで敵を帰すほど、粗放で気が長いわけではないようだった。
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