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「お前は残れ」、とエルが言う。
「え?」、とクロロはきょとんとする。
洞穴の外側、木立の中に、ふたりはいて、密談を交わした。食用の野草や木の実を採取しに出ていたのだった。周りには、部族の者たちがちらほらいる。
「俺はいい加減、大聖堂に戻らないといけない」
「……」
クロロは、呆然とした。彼とて、『光』の末端の一員であり、どれだけ捕虜の立場が思ったより快適であろうと、みずからの立場をきちんと顧みなければいけなかった。
どこかでいつかこういう話をすべき時が来るに違いないと、クロロは覚悟していたが、その時までは、この原始的でのんびりした生活にかまけていようという心積もりだった。
ふたりは採取する素振りをしつつ、密談を交わしていた。周りにいる部族の者たちは、彼等の言語を解しないし、また、彼等の話し方がさりげないし、おのれの作業に集中しているしで、あまり気に留めようとしなかった。
「おれは、思ったんだ」、とエル。「お前は、ここにいるのが似つかわしい。大聖堂に戻って、また騎士の従卒として血なまぐさいことに携わるのは、お前にとって、あんまり、いいことじゃないっていう気がする」
「分からない」、とクロロは困ったように声を微かにふるわせて返す。「ぼくは、確かにここにいたいという気がする。けど、ぼくとエルはずっと一緒だった。ぼくが物心付いた時から今までずっと。今更、お互いに離れ離れになるなんて、ぼくは、自信がないよ」
「だが、多分、そうするのが合理的なんだ。ここの連中はお前には心を許している。お前は、ここの連中の警戒心を刺激しないために、残っているのがよくて、おれは、お前のオマケみたいなものに過ぎない」
「エルもここに残るっていうのは、無理なのかなぁ」
遠慮がちにではあるが、クロロはそう、本心の問いかけをしてみた。
だが、エルは「無理だな」、と毅然とした口調で一蹴し、クロロを失望させた。
「おれの立場をお前はよく知ってるはずだ。おれは急いで帰って、導師様の手助けをしないといけない。時間がないんだ」
――ふと、クロロの肩がポンと叩かれ、彼もエルもドキッとして振り返ると、背後にひとが立っていた。
共に作業している部族のひとりであり、彼は黙然と、何をしているのかと問い質すような鋭い目付きでクロロを見下ろしている。
クロロはすぐさまにこやかに応じ、手元の野草を見せ、採取にいそしんでいることを示した。
すると、部族の者は、クロロに対してにっこりと笑み、許しを与えたが、エルの方に目をやると、笑みを消し、示唆を含ませ、刺すように睨み、その場を去った。
「……油断は禁物ってことか」、とエル。「あるいは、俺の思惑は、すでに見透かされてるのかも知れない」
「エル……」
「とにかく、おれはそのつもりで動く。お前はしばらく連中といっしょに過ごせばいい。必ず後で、おれが迎えに来る」
クロロの逡巡には付き合わず、エルは彼の隣を離れ、野草の採取のために真剣になりだした。
クロロの悩める心は、置いてきぼりだった。彼においては、出来れば荒っぽいことは避けて過ごしたく、今の山林にこもっての部族との共同生活は、多少の不便はあれど、彼の趣向に適っていた。だが、一方で、彼がチビで、共に賊だった頃から切れずに続いてきているエルとの関係を、一時的にではあれ打ち切りにし、互いに離れ離れになるのは、クロロにとって、何とも不安にさせることなのだった。
一方で……
エルは気になっていた。
先日偶然出くわした男のことだ。オットーといい、長に手紙を渡しに遠路はるばるやってきたという。
外界からの訪問者である彼を通じてエルは、自身の勤務地であるバルビタールの情勢を窺おうとしたが、バルビタールという言葉が、彼にとってひっかかりのあるものだったようで、うまく話が成立せずに終わった。
エルには、オットーが敵対者なのだということが直感された。けれど、その場で命を奪ってやろうなどとは思わず、とにかく情報が得たかった。敵対者の情報は、そうでない者の情報とまた性質が違って有益だろうという期待も、ないではなかった。
オットーという男はまた来るのだろうか。エルはぼんやり考えた。
だが、悠長に待っている時間は、皆無だった。
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