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エルは『光』において、最大権力者ヨハネスの忠実なる片腕であり、高位の武官であり、決していなくていい存在などではなかった。最初彼は、賊上がりの傭兵だったのが、その力を認められ、身分を越えて昇級し、かなりの権威となっていた。
そして、そうやって着実に彼の地位が上がっていくことは、必ずしも、他の者にとっては、手放しで傍観していられる事柄ではなかったのである。つまり、組織の中に、エルを目の上のたんこぶと見て、面白く思わない者がいたのであり、まして、彼等は、エルとは違って安定した家庭環境の中で養育され、社会的に認知された仕事で身を立て、エルのように蔑まれるべきことを生業にしていた賤民を見下していたので、その反感たるや、一入だった。
今回、『光』の山岳地帯への出征計画におけるトラブルにより、エルが不在となったにも関わらず、その後救援が延々来なかったことには、そういう感情が背景にあるのかも知れないと、エルは、暗中進みながら、考察した。
一部の者の反感について、エルはすでに認知し、また一定の理解があり、彼の指示や命令や提案がわざとらしく受け入れられず、抵抗されたりすることは、日常的にあることだったし、色眼鏡で見られることには、多少慣れていた。また、決して恣意ではない提案などが、“毛色のいい者たち”の悪しき誇りによって妨げられていかんともしがたい場合には、エルは、ただヨハネスの名を挙げさえすればよかった。エルがその名を口にすれば、彼の言動は全て導師の思惟に準じたものであるということが理解され、浅ましい抵抗勢力は渋々引き下がるのだった。勿論、全部が全部ヨハネスの意向だというわけにはいかず、濫用は出来ないが。
ヨハネスはきっと、自分が不在で不安がっているに違いないと、エルは推測したし、ひょっとすると、底意地の悪い連中が、彼が敵地で客死したと事実を捏造して伝えているかも知れないとも思った。
キャンプがあった峠に立ち寄ってみたが、完全に引き払われており、雨でしけて使えなかった携帯型の火砲さえ、持ち帰られたようだった。
月光が淡く照って、山地の境域をあまねく藍色に染めていた。
夜景にかまけている暇はなく、エルは、行くべき方角を見定めると、止めていた歩を進め、下山を始めた。
ひとり、深い山林を、夜の暗闇に紛れて行くのは、エルにとって、そこはかとなく懐かしいことだった。
賊だった頃、行動はいつもひとが寝静まる夜にされた。エルとクロロ、そして他のどうしようもないならず者の仲間たちは、人里に忍び込み、物品を盗んで、気に入ったものは所有物とし、大して興味のないものは、闇商人に買い取らせた。
思い出に耽っていると、うっとりした心地になり、エルはつい、足が止まった。そしてしばらくして我に返り、本来のすべきことを再認識し、半ば呆然とするのだった。
あるいは帰りたくないのではないかという声が、おのれの心中に、微かに聞こえた気がすると、エルは激しく首を左右に振り、その声を遮った。
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