さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

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第396話

***

 

 

 

 何日も費やして、エルはようやく、レメロン大聖堂へと帰着した。

 

 着の身着のまま、エルは、行きは馬に乗って来た道程を、帰りは徒歩で帰った。

 

 こういう苦労を嘗めさせられる羽目になろうとは、出立時、彼は夢にも思わなかったし、その落ち度が、油断してうっかり敵の毒矢を受けてしまった自分にあるという風に意識しているものの、彼ほどの高官が、敵地に残されたまま、味方に救援に来てもらえないというのは、やはり不信感を覚えざるを得ないことだった。

 

 時は夕方に差し掛かろうとしており、中央にドーム屋根の塔がひとつ、その周りに尖塔がよっつという成り立ちの大聖堂は、夕陽を浴びて赤々と輝いていた。

 

 外側で警備している守衛が、遠くからトボトボ歩いてくるエルの姿を目にとめると、彼を視認する前に、不審者と思い込んで、けんもほろろに門前払いしてやろうという気持ちで、槍の柄を地面にドンと突いて待ち構えた。

 

 ところが、彼が宗教騎士団の上級騎士であるエルだと分かると、守衛は愕然として当惑し、しばらくオロオロどうすればいいか迷ったが、いよいよ彼に目の前に立たれた時、ただ直立不動の姿勢で、敬礼する以外に思い付かなかった。

 

「おれがただの訪問者じゃないことは、見て分かるな?」

 

 と、エルが、静かだが凄みのある眼差しで守衛を睨み付ける。

 

「も、勿論であります」、と守衛は狼狽えて返す。「エル殿の御帰還を、一同、心より待ち侘びておりました」

 

「ケッ」

 

 不満そうに守衛のお追従を聞き流すと、エルは乱暴に守衛を手で押し退け、門をくぐり、大聖堂の敷地へと入っていった。

 

 彼がまず行こうと思っているのは、他でもない、ヨハネスの居室だった。

 

 ほとんど浮浪者同然の薄汚れた恰好で、エルは大聖堂の、誰もが鎧なり、祭服なり着用してパリッとした人々だらけの間を進んだ。エルを認める誰もが、いなくなったと思われた彼の帰着に驚愕し、サッと彼に道を開けた。彼は殺意を滲ませていて、それが、そばを行く者をことごとく威圧した。

 

 彼の帰ってきたことに対して、心より無事を祝う者がいる一方で、どこか怪訝そうだったり不服そうだったりする目で彼を見る者がおり、エルは誰がどういう反応をするか、出来るだけ精査した。

 

 階段を上り、廊下を進み、やがて部屋に至って、相変わらず介護役を側に置いてベッドで寝ている導師のもとまで来ると、エルは跪き、「大変お待たせしました」、と挨拶した。

 

「おぉ」、とヨハネスは上半身を介護役に支えられて起こすと、視力の悪くなった、焦点のわずかに合わない目で、エルを見て感激した。「安否が定かではないと報告を受け、どうなっているのか不安で仕方がありませんでしたが、エル、こうやってあなたの姿を見れて、今わたしは深く安堵しました」

 

 チラッと、エルは介護役の助祭を窺ったが、彼はヨハネスに共感するように、心苦しさを思わせる、眉をひそめた表情で、跪く騎士を見下ろしているのだった。

 

「わたしの油断が招いたことです。不意打ちで毒矢を受け、苦しんでいたのです」

 

「何と……」、とヨハネスは、痛ましがるように眉を下げ、悲しい表情を見せる。「傷は、体調は、まだ悪いのですか?」

 

「いえ、もう矢の傷も、毒の症状も克服しました」

 

「それはよかった。あなたにもしものことがあったらと思うと、恐ろしくて、わたしは中々眠ることが出来ませんでしたよ」

 

 

 

 そう言って笑むしわくちゃの老人の顔を見ると、エルは、懐かしい気持ちになり、安らぎを覚えるのだった。

 

 ヨハネスは手を微かに震えさせながらエルの方へと差し伸べ、エルはその手にみずからの手を重ねた。

 

 そうして、彼を心中でこう思った。

 

 ――さて、感動の再会はこうして果たせた。おおむね満足だ。次は、おれはちょっとばかり気になることがあって、それについて調べたい。やはりおれをあまりよく思っていない連中に関して、大したことがないと侮って、見て見ぬ振りを決め込み続けるのは、少々無理があるようだ……。

 

 

 

***

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