さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

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第397話

***

 

 

 

 しばらくぶりの再会が充分に喜ばれると、エルは、ヨハネスに懇ろに暇乞いを告げ、退室し、別の部屋へ移動することにした。

 

下級の兵士や騎士が普段の生活で使用する部屋が、複数での共同利用である一方で、上級騎士である彼には、彼のみ自由に使える個室が用意されているのだった。

 

 個室に向かって歩いていると、エルにおいて、段々と、徒歩での長旅の疲れがじわじわ顕在化してくるようで、早くベッドに横になりたいという思いが募っていった。

 

 やがて個室に至ると、エルは、とりあえず汚れた服を着替えようと思ったのだが、服を持ってこいとか、鎧を脱ぐのを手伝えなどと指示したり命令したり出来る小姓のクロロがいないことを改めて思い知り、にわかに寂しさを覚えた。まして、彼にとってクロロは、古い馴染みであり、ただの小姓ではないので、その欠損感は、決して小さいものではなかった。

 

 エルは、黙々と汚れた衣服を脱いでクシャクシャに丸めると、ゴミとしてその辺に投げ、衣裳棚に掛かっている部屋着の、トップスとボトムスが一体型のチュニックを取って着替えた。

 

 そして、木のベッドに仰向けに横たわり、目を瞑った。

 

 すでに室内は、濃くなっている夕闇のためにほとんど真っ暗になっており、だが、エルは灯火を点けなかった。

 

 眠気と疲れのためにうまく回らない頭で、エルは、ヨハネスとの再会の喜びを再度回想し、その趣きを噛みしめてみた。成るほど、確かに彼が敬慕を寄せる人物と、短くない期間を挟んで相まみえるのは、中々感動的なことのようだった。

 

 だが、彼がヨハネスとの関係を取り戻す一方で、旧友のクロロとの関係は失われた。元々あった、大聖堂に戻らなければという意識が、遂行されて満たされることでなくなったが、その次には、クロロのためにまた山地に戻らなければという意識が、代わりに現れた。

 

 悶々と考えを弄んでいる内、エルはストンと眠りに落ちた。深い眠りだった。彼はやがてやってきた夜の闇の中に完全に溶け込んでしまい、朝までずっと、眠りがもたらす癒しと安らぎを目いっぱい貪った。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 明くる朝、彼は行くところがあった。

 

 教皇のいる部屋だった。

 

 エルは、すっきりした頭で大聖堂の廊下を行きながら、すれ違う者たちと朝の挨拶を交わした。皆、それぞれ仕事があって、そのために動き回っているが、エルはまだ帰ったばかりの身で、これから何をするべきか、状況をある程度確認し、把握した上で、予定を勘案しなければいけなかった。

 

 やがてエルは教皇の部屋の前まで来た。コンコンと彼が扉にノックすると、返事が聞こえ、入室してよいようだった。

 

「失礼します」

 

 後ろ手に扉を閉めて入ってきたエルの姿を見、真っ黒の祭服に身を包む教皇トーマスは、一瞬だけ、ハッと驚いたようだった。

 

「エル殿ではないですか」、とトーマスは言い、驚きの表情を一転させ、彼に微笑みかける。「向こうでは、さぞ大変だったでしょう。とにかく、お座りください。今、お茶を用意します」

 

 そう勧められ、エルは頭を下げ、部屋の中央のテーブルを挟んであるソファに座ると、やや前屈み気味の姿勢で、お腹の下あたりで手を組んだ。

 

 トーマスは扉を開け、外の者に呼びかけ、お茶を淹れるように命じると、エルの向かい側にゆったりと腰掛けた。

 

「昨日お帰りになったと、聞いています」、と教皇。

 

「えぇ。長旅でしたが、何とか無事、帰り着くことが出来ました」

 

 ――従卒がひとり、挨拶と共に入室してくる。若い男。

 

 彼が水の入ったやかんを、部屋に設えられた暖炉の鎖に吊り下げる様を、エルは横目で何となく瞥見する。

 

「ご無事で何よりです。わたくしたちは、エル殿のご帰着を心待ちにしていたものですから。“お父様“を含めて、ね」

 

 その言葉は、単なるおべんちゃらのように、エルの疑り深い耳には聞こえた。

 

 ところで、トーマスは教皇であり、エルは上級騎士で、身分の差は、トーマスの方がより高かった。

 

 トーマスは、ヨハネスの養子だった。彼もかつて、孤児だったところ、ヨハネスとの奇縁を恵まれ、彼に拾われて養育され、その才能を買われ、ここまで出世した。

 

 互いにおおむね似た経緯でヨハネスといっしょになったエルは、トーマスと、要するに、共通する要素がたくさんあったし、その境遇に共感出来るところは多々あった。

 

 だが、彼は、『光』に入って以来、トーマスを好ましく思ったことはなく、確かに彼はヨハネスに気に入られるほどの好人物であるようだが、エルには、元々上の立場のにんげんがいけ好かないという性質があるせいか、あまりいい印象を持っていなかった。

 

 従卒がテーブルに用意してくれたカップの紅茶に、エルは口を付ける。砂糖があまり入っていないようで、芳香の割に、苦味が強かった。

 

 渋い顔で、エルは、向かいに座る男が、彼の救援に関して、彼の不在中、どのように考えていたのかという、やや鋭い質問を、どのように、角が立たない形で投げかけようか、雑談と並行して、考えることにした。

 

 

 

***

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