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お茶を淹れるという用事のためだけに呼び寄せられた若い男の従卒は、用事を終えると、恭しい仕草で退室し、その後、エルとトーマスは、ふたりきりとなった。
彼等は部屋の中央の飾り気のあまりない木製のテーブルを挟んで向かい合っていたが、彼等の関係における径庭は、テーブルの巾よりも大きいようだった。
「申し訳ないと、思ってはいるのですよ」、とトーマス。「救援の部隊をあなたまで差し向けなかったのは、わたしの至らなかったところです」
エルは、机上に両肘を突き、手を組んで考えるように眉をひそめると、「まぁ、過ぎたことです」、と返した。だが、その言葉の割に、エルは、この話に拘泥しようとしているみたいだった。
「わたしが伴っていった者たちは皆、あっさりと引き返していきました。同じ部隊の者として、また、騎士として、恥ずべきことだし、何より、一種の職務怠慢だと、わたしは思っています」
「帰ってきた彼等は、出征先の山地の敵が手ごわいから、退却してきたと報告しました」
エルは失笑した。手ごわかった? 彼等、エルに随伴した騎士の仲間たちは、相手の部族と対峙し、エルが矢で射られたのを見た途端、怖れを成して一散に逃げ出したではないか。それは、騎士という立場の者としても、男としても、見下げた恥ずべき振る舞いであり、彼等の逃避は、教皇が言うような、戦略的なものではなく、遥かにより幼稚で本能的なものであり、笑止千万だった。
「実際、アイツらにとって、敵の部族は、やり合うにはやや厳しい相手だったと思いますよ」
「エル殿の働きには、きちんと報いようと思います。ですから、ことをあまり荒立てないでいただけると、わたしとしては嬉しいのですが……」
その言葉に、エルはトーマスに対して、自然と軽蔑を感じた。トーマスは、情けなく逃げ出した弱小の者たちを擁護し、むしろ、敵地で危うい境遇に陥れられたが、果敢に脱出してきた、いささか虫の居所の悪いエルを、暗に責めているかのようだった。率直に、エルには不愉快だった。
「今回の件は、荒立てるほどの価値はないでしょう。職務怠慢だといって、その咎でアイツらを尋問したり、懲罰を与えたりしても、あまり芳しい効果は生まれないと思います」
エルが寛恕をもって、責任追及の手を下ろしたことに、トーマスはホッと安堵したようだった。
「エル殿のご賢慮を心より尊重致します」、と言い、トーマスは深々と頭を下げる。
エルは冷ややかに彼の頭頂部からうなじにかけてを見下ろすと、軽く咳払いし、「まぁ、とにかく」、と言った。「今回の出征は成功しませんでした。わたしたちは返り討ちに遭い、何人か失って、わたしに関しては、付き人の小姓を、相手に奪われてしまいました」
「それは……大変お気の毒なことです」
「そろそろ失礼します」、とエルは言い、ソファより立ち上がる。「たまにはこうしてふたりでお茶するのも、乙なものですね」
そう感想を述べるエルは、だが、無表情だった。その場限りのものだと分かりやすい、心のこもっていない、彼なりの御世辞だった。
「あっ、そうだ」、とトーマスがハッと何か思い出したように言い、エルは何事かと眉を片方ピクリと動かす。
「何か?」
「もし、新たに小姓を迎えられるなら、地下の監房の方へと足を運んでみてください」
「監房? なぜ」
出し抜けな勧めに、エルはきょとんとする。
「中々明晰な者がおりましてね。切れ者のエル殿の側仕えとして、不足はないのではないかと。リーザという者です。娘なのですがね」
「リーザ……」
「彼女の面倒はザムエルが見ております。彼等は普段監房か、勉強部屋にいるはずです。気が向いたら、顔をお出しになってみればよろしいかと」
――丁寧に別れと感謝を告げ、後ろ手に扉を閉めたエルは、その場でちょっと、トーマスの勧めを顧みた。
リーザという娘が、監房に捕われている。ザムエルが世話役で、エルがその気になれば、小姓として任命することが出来るという、ただしリーザは女だが。
ちょっとだけ、エルは興味を持ち、後で会いに行ってみようと思った。
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