さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

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第399話

***

 

 

 

 出征のためにレメロン大聖堂とバルビタールを離れる者は、エルたちに限らず、他にもいた。エルたちが敵地をうまく攻略出来ずに帰ってきた一方で、他の者たちは、あるいは勝利して凱旋し、あるいは現在進行形で攻略中であり、あるいは負けて負傷と誰かの戦死のしらせと共に帰った。

 

 エルは、上の立場の者として、負けて帰ってきたことに気後れを禁じ得ず、クロロの不在もあって、しばらく鬱々と、孤独に過ごした。小姓を、クロロのいない間だけと限定して、新たに召し使おうかとちょっと考えてみたが、他人がわずらわしいとあまり感じなくなるまで、時間が必要だった。

 

 その内、落ち込みがちだった気分が持ち直して来ると、エルは、訓練のつもりで、誰もいない時機を見計らって、ある夕べ、箱にしまってある携帯型火砲と共に、射場に行った。

 

 的を射貫くため、彼は所定の位置に立ち、火砲を、口を上にして立て、小さい弾を火薬と共に口に押し込んだ。次は、火砲を寝かせ、火蓋を開いて内部に口薬を詰め込んだ。先端に火を点けた縄を、火砲のグリップ上部の金属部に挟んで固定する。

 

 準備が整うと、エルは、火砲を構え、深呼吸した。

 

 片目を瞑り、開いている方の目で、的の中央を見据え、絶えず手がぶれることで安定しない、弾が発射される火砲の口を、集中して、安定させる。

 

 スー、ハ―、スー、ハー……。

 

 ここだ、と思ったところで、エルは引き金を引き、すると、爆音と共に火花が弾け、火砲の口より、激しい勢いで弾丸が飛んでいく。

 

 発砲の反動でエルは、火砲の使用が久々だったことがあり、ややのけぞって姿勢を崩したが、整えると、両目で、的を確認した。

 

 円状の的には、中央に、風穴があいていた。

 

 ど真ん中を撃ち抜いたのだと知ると、エルは、得意になり、案外腕は鈍っていないのだと思って、ニヤリとし、昂揚感を覚えた。

 

 すると、それまで憂鬱のために潜伏していたエルにおける幾つかの意識が、閾域を越えて彼の内面の明るみまで浮かび上がって顕在化し、彼は、そういえば、と、思い出すことがあった。

 

 ――あまりまじめに考えていなかったが、トーマスの勧めたリーザという娘のことが気になる。確かザムエルという男が教育係として付いているという話だが。

 

 日暮れ時というのは、訪ねるにはやや遅いと言う気がするが、エルは、足を運んでみようと思った。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 火砲を自室に片付けた後、エルは廊下を歩いていた。

 

 ザムエルとリーザのふたりは、普段、監房、あるいは勉強部屋にいると、トーマスは言っていた。

 

 時は日暮れなので、勉強はすでに済んでいるかも知れないと、彼は推測し、監房に向かうことにした。

 

 城の階段を、壁掛けのたいまつが燃えている地下におりていく。

 

 監房を警備する看取がエルを敬礼で迎え、エルは「ご苦労」とサッと言うと、ズラリと並ぶ監房の間の道を進んだ。広い監房が集まるところで、比較的罪が軽かったり、何かの都合で捕えておくのが惜しまれる者が、かりそめに閉じ込められるところだった。

 

「……?」

 

 エルはふと、誰かの気配にハッとした。

 

 向こうから歩いてくる影がある。黒いローブをまとった者で、頭髪がすっかり剃られているのが、遠目によく見えた。

 

「おや」

 

 と、彼はエルの方まで近付くと、驚いたように言う。

 

「これはこれは、騎士様ではございませんか。監房なぞに、一体どういったご事情で来られたのですか?」

 

 わざとらしくへりくだった笑顔が薄気味悪いものだと、エルは相手の男に対して思ったが、その不気味さよりも、彼の人相の印象の方が、強かった。

 

 禿頭の男は、顔の半分くらいが、赤っぽい痣で覆われていた。瘢痕だろうか。

 

「ひとを探しに、監房まで来た」

 

「あぁ。人探しですか。誰でしょうか。わたしの知る者であれば、案内致しますが」

 

「そうか。助かる。リーザという名の娘がいると聞いたんだが」

 

 その名前を耳にした瞬間、ザムエルは一瞬カチンとかたまり、にわかに戸惑ったようになった。

 

「リーザ……彼女は確かにこの地下監房のひとつにおります。わたしは彼女をよく知っています。しかし、騎士様、リーザにどういった御用で?」

 

「ひょっとしたら、野暮用を足す役回りを担わせるかも知れないんだ」

 

「騎士様が、リーザに?」

 

「あぁ」

 

 禿頭の男は、終始戸惑っていた。微かにソワソワし、彼は何か不安がっているようだったが、エルには思い当たることがなく、ずっと彼のその挙動が、不審だった。

 

 彼の顔における、何か考えて解明しようとしているような、震える両の瞳と、あくまで落ち着いた感じを装うとしてキッと一文字に結ばれた口とが、お互いに争い、彼に、気遣わしく怪しい、また、いささか危うくもある雰囲気を帯びさせていた。

 

 

 

***

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